アメリカ不動産投資と米国税務



アメリカ不動産投資と税制留意点



自由で巨大なマーケットである米国市場は、旺盛なアメリカ人の消費意欲と共に、世界中の企業や投資家から常に羨望の眼差しを受けています。また、ユニークで活力のある米国企業や米国における付加価値の高い資産は、世界の投資マネーを大量に呼び込んで止みません。2018年からの米国税制改正による減税措置も米国投資の魅力に大きく寄与し、政情安定に加えての大幅な低減税率は、米国への投資意欲に火をつけたと言えるかもしれません。2020年のコロナウィルス感染による影響もほとんど無く、ゆるぎない資産価値は地道に着実に上昇しています。安定した資産に向かって、世界の投資家が集まっているという構図でしょう。


中でもアメリカの不動産は取引形態が極めて安全な資産で、価値が安定した良質な投資対象という一般的な評価があるかもしれません。


たとえば米国における居住用不動産の売買取引は、エスクロー会社(Escrow company=売買代金を一時的に預かったり、ローン清算や税金・光熱費の計算を代行する中立的預託第三者)や弁護士・鑑定士(Appraiser)などの専門家を介して行われ、取引終了まで安心して進めます。


その上、建物価値の経年劣化による減価が極めて小さいことは良く知られています。地域にもよりますが、中古住宅などの家賃も上昇することはあっても大幅に低下することはありません。過去の販売価格や家賃は、不景気などの一時的影響で下がったとしても概ね回復しました。賃貸住宅事業には理想の地と言えるかもしれません。


一方、企業の円滑な事業運営には、事業用不動産のスムーズな取得や処分が必要ですが、米国税制上、買い替え時の処分益の繰延べや固定資産税の免除など、一定の条件に合致すれば、税制特例で税金が減免されており、事業の成長にあわせて臨機応変に不動産の売却・購入が可能です。


また米国不動産についての日本人専門家は多く、不動産取引上での「言語の壁」は意外に越えがたくもありません。付加価値の高いアメリカ不動産に日本から投資する。またアメリカの事業用不動産を適時検討する。そんな場面は益々増えているのではないでしょうか。日本人起業家・投資家の皆様や日系企業の海外事業ご担当者も、魅力的な機会を日々お感じになられているかもしれません。


とはいえ、やみくもに不動産の物件や開発案件の物色に向かわれるべきではありません。日米の不動産取引制度や不動産を取り巻く慣習や状況の違いは大きく、日本人の方々の常識が通じない場面も少なからずあります。また、思わぬ勘違いをされてしまうこともしばしばございます。さらに、日本人投資家や日系企業の皆様方の米国内での居住状況(Residential status)によって、異なる視点での税務の検討が必要になったりします。うかつに見落としてしまうと、大きな落とし穴となりかねません。


ここでは、日系企業・日本人投資家の皆様が日米間の国境を超えた不動産取引やアメリカにおける不動産取引に携れる際の基礎的な留意点について、米国税務の観点も含めて概説してみたいと思います。





アメリカ不動産の特徴





市場と投資、日本との相違点は?



米国不動産と言っても、アメリカは広く、単一的な抽象化はできません。日本でも、都市部と地方というように、一部に不動産市場の傾向はありますが、アメリカでは、国の全体的な傾向は見られても、都市エリア別に各々市場動向が顕著に異なります。


不動産について投資や拠点設置を検討する際には、検討物件・案件について、まずエリア別に各種動向を緻密に調査する必要があります。S&Pケース・シラー指標(S&P Case Shiller index)などにより、年次、四半期ごとの不動産価格動向や市況について、アメリカ20都市を個別に確認いただけますが、指標だけではなく、様々な観点での分析が欠かせません。


もちろん、事業の拠点については、取引先との関係や利便性が最優先されるでしょうが、それでも当該拠点付近の経済や在住州の財政状況など、多くの項目を検討材料に入れていただかないといけません。主に、次のような要素が重要と考えられます。


● 価格高騰と不動産の事情

● 産業地域性と人口移動

● 経済と自治体債務


2008年のリーマンショック以降に起こった不動産危機を乗り越え、その回復過程において、アメリカ不動産市場には、ある種の構造変化が起きました。たとえば居住用不動産の市場を考える際、住宅供給・需要サイドのそれぞれに変化が起きたため、従来とは異なった新たな潮流が観測されています。すなわち、供給サイドでは一部の裕福な所有者や開発会社が多くの物件を抱え、建築コストを高く維持して高級志向の偏った物件を提供する一方、需要の側の買い手や借り手は、高額の学生ローン返済や高騰する医療費のために可処分所得が限定され、一部上層階級の人々のみが住宅市場を支えるようになってきています。庶民のための手頃な物件が市場から姿を消すという事態も増え、裕福な外国人の米国居住用不動産市場への参加も加わり、その傾向は近年際立ってきました。


コロナウィルス感染による売手・買手それぞれの不動産投資へのメンタリティーは、報道では顕著に変化していると指摘されていますが、不動産価格自体が上昇している実態から見れば、本質的な不動産投資に対する積極的な意欲に変化はないと考えられるかもしれません。前述のとおり、投資できる人々が限定されてきている半面、全体の投資ボリュームについては、安定していると言えます。


また、都市エリア別に人口が流入・流出する地域が明白になってきました。日本でも東京一極集中が叫ばれて久しいですが、アメリカでも、一部の先端産業都市エリアにどんどん人が流入し、古くからの産業地域からは、人が流出しています。たとえば、IT関連のカリフォルニアなど西部(West)の一部や金融・先端サービス事業関連のニューヨークなど北東部(North east)には、若い専門職を中心に人が増え、ミシガンやイリノイなど中西部(Mid west)のラストベルト(錆びた工業地帯)と呼ばれる重工業エリアでは人が減っています。(注:都市エリア別で異なりますし、地方都市エリアでもIT関連の雇用は堅調のようです)


当然のことながら、物件価格や家賃は人が流入するエリアで高騰し、人が減る地域で下落します。新たな産業を吸収する地域が繁栄し、衰退産業を擁する地域が廃れるのは世の趨勢と言えるかもしれません。ただし、不動産価格の上昇・下落幅も都市エリア別に異なり、ニューヨークやロサンゼルス・サンフランシスコなどの人口流入エリアでは、価格が高騰幅が大きいため、景気後退局面の下落幅も大きいという傾向がございます。日本から投資されたり、アメリカ国内で不動産取引に携る日系の方々は、アメリカの各都市エリアがどのような産業地域なのか、また価格上昇・下落幅はどの程度なのかといった、ある程度の予備知識が必要でしょう。


さらに、アメリカ不動産市場動向に密接に関連するのは、主に国と地域の経済動向ですが、各州や都市レベルの放漫財政に伴い、地方公共団体の債務レベルが各地の不動産市場に大きく影響を及ぼすようになりました。潤沢な財政で潤っている自治体がある一方、退職公務員に対する年金支給のための財源が確保できないなど、一部の自治体の債務リスクは深刻な事態となっています。ひとたび経済危機が起こって不景気になると、自治体運営さえままならない程の財政危機が訪れる自治体もあります。


以上のように、米国の不動産投資には、知らないことによるリスクが潜んでいます。日本においては感覚的に根付いている不動産についての一般情報も、アメリカでは、地域ごとの分析や都市エリアの性格について、異なったアプローチや慎重な分析姿勢が必要となるでしょう。





アメリカ居住用不動産の事情



戸建住宅やアパートメント(マンション)など、アメリカの居住用不動産の売買・賃貸については、日本とは全く異なる視点が必要です。


まず、アメリカの戸建住宅は木造が多く、鉄筋コンクリート造や鉄骨軸組工法の家はまれです。一部に煉瓦建てなど堅牢な構造のものもありますが、今では建築費の高騰に伴い、ほとんどが木造住宅となっています。日系の皆様も既にご存じかと思いますが、アメリカでは木造住宅の耐久性能が長く保たれます。日本に比べて気候的に湿気が少なかったり、建築部材の腐食が少ないせいですが、いったん建築されると、50年60年と経過した後もしっかりと建っていて、充分資産価値があります。また、改築やリノベーションによっても家の価値は大きく増価します。日本のように、20年から30年で建物自体の価値がほぼなくなるのとは対照的です。


一方、土地の価値は上物の建物と比べてかなり小さく、一般的には20/80 ルールと呼ばれるように、約20%が土地の価値として割り当てる場合が多くなります。(注:物件によって異なり、約10%の上下はあるようです。正確を期すには、適格独立鑑定士(Qualified independent appraiser)による鑑定が必要です)


賃貸契約上の賃貸人(貸主=家主)と賃借人(借家人)の立場や関係も日本とは大きく異なります。各州法にもよりますが、保守的な州では、貸手の大家にかなり有利な条件を設定しています。日本では余程のことが無い限り、借家人が退去を余儀なくされることはありませんが、アメリカの一部の州では、通知書(Notice)を手渡すなど、家主が必要な手順を踏めば、借家人が期日内に退去せざるを得なくなることもあります。一方、アパートメントなど集合住宅においては、鉄筋コンクリート構造の賃貸建物では、アスベストなどの規制が非常に厳しかったり、借家人のプライバシーを守るために、窓にカーテンやブラインドなどの設置義務がある州など、家主にとっては負担になる地域もあり、注意を要します。


また都市部の賃貸住宅を提供する家主の立場では、コンロ、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機など、地域の他のアパートメントとの比較において、不利にならないような設備設置の条件設定が必要です。また、家具付き(Furnished)の条件で賃貸に出されるアパートメントも多く、ソファー、テーブル、ベッド、タンスなど、借家人募集の際には、地域や他物件の条件設定とも慎重に比較検討する必要があります。水道やお湯(Hot water)の個別メーターが付いていない集合住宅の所有者は、借家人に費用請求ができず家主として負担する必要もあり、家賃設定の際には慎重になる必要があります。北部の一部地域では、冬の積雪時の駐車場における除雪作業(雪かき)など、貸主・借家人負担を明確にしないといけないこともあり、それぞれの地域物件で注意事項があります。日本には無い留意点は、不動産業者のご担当者に詳細を確認する必要がございますし、賃貸建物への投資の際には、上記のような細かい項目のチェックも怠るわけには参りません。


さらに、集合住宅の物件をお探しになる際には、所有形態に気を付ける必要もございます。アメリカの集合住宅には、コンドミニアム(C Condo)や共同組合形式(コープ、Cooperative=CO-OP)など、異なった所有形態がございます。コンドミニアムは、区分所有形式で、日本の分譲マンションとほぼ同じです。一方、日本では聞き慣れないコープは、集合住宅の建物全体を居住者全員で共同所有する形式で、住む部屋はあくまでも住む権利を割り当てられているという位置づけです。コープは販売価格が低い半面、管理費(Management fees)などが高くなる傾向があります。日本人投資家の方は、コンドミニアムの物件保有目的がほどんどですが、物件を探される際には混乱を招きやすく、注意を要します。





アメリカ事業用不動産の現況



2020年以降、アメリカにおける事業用不動産は、現状様々な傾向を見せています。居住用不動産とは少し違った状況が見られるため、事業用不動産の取引をご検討中の日系の方々は視点を変えられる必要があるかもしれません。


以下、米国内の各方面で盛んに示唆されている傾向を挙げみます。


昨今、Eコマース部門の配達拠点需要が顕著で、主要な人口密集地域付近の配達可能地域については、倉庫や配送センターなどについて、引き続き活況を続ける見込みのようです。その関係で、自治体が指定している産業振興地区(Opportunity zone)では、税金の減免措置も相まって、拠点設置を見込む企業などの重点的投資が続いているという分析があります。一方、従来からある店舗経営も、まだまだ息が長く、Eコマースだけだった企業が新たに店舗を構えるようなケースも増えてきています。これは利益率確保のため、店舗による消費者との関係再構築が必須との見方が増えてきているためです。従いまして、立地の良いリテールの物件は、今後需要が伸びる可能性が出てきているのかもしれません。コロナウィルス感染の影響は一過性と考える専門家も少なくなく、一時的な商業物件の下落は良い機会と言えるかもしれません。


経済全体としては景気後退の兆候が出ているものの、投資家による商用不動産の需要はまだ健全のようです。一因に、事業用不動産業界による積極的なテクノロジーの採用があり、インターネットによるマーケティングが功を奏しているようです。今後益々インターネットによる顧客獲得、物件管理、データ分析が新たなニーズを掘り起こしていくという分析もあります。従いまして、事業用不動産を探す立場の企業や投資家にとっては、より迅速に正確に情報を得ることにより、マーケットをスピーディーに把握することによって、より良い物件を見つける必要が出てきていると言えます。


主要都市エリアの労働者は、比較的高度なスキルに富み、高給を維持できるため、事業用建物としての賃貸集合住宅は、アメリカの主要都市エリアで根強い需要があるとの分析もあります。そのため、都市近郊の賃貸集合住宅の案件は、引き続き活況になるのではないかという予想もあります。一方、人口ボリューム世代の30代の家族は、ちょうど家の取得時期にさしかかり、高騰した都市区を避けて郊外を目指す可能性大との見方もあります。いずれにしても、こういった分析を元に、大きな投資会社や開発会社が不動産開発案件に旺盛です。都市の中心部がいわば開発飽和状態となった現在では、中心地区から遠ざかった二次的な地区について、今後の動向が注目されているようです。とはいえ、ニューヨーク・マンハッタンエリアの超高層化開発のように、低金利を背景に未だ大型開発案件が沈静化する様子も無く、まだまだ活況を呈しています。あらゆる方向からの吟味が必要でしょう。


以上のように、様々な側面から現況分析をすることが、今後の事業用不動産投資家にとって必要不可欠となることは間違いありません。





アメリカの不動産売買





米国居住用不動産売買の留意点



アメリカにおける居住用不動産取引の手順や形態は、日本のそれとは若干異なります。また、米国不動産を取得する際には、様々な留意点がございます。日本から直接投資する際には、さらに色々な検討事項もございます。ここでは、米国居住用不動産の売買取引について、一般的な手順について概説いたします。





アメリカでの居住用不動産売買の流れについては、米国不動産に詳しい日系の専門家の方々がインターネットを通して日本語で詳細に解説されていますので、ご検討されている皆様も容易に情報を取得いただけることでしょう。従いまして、ここでは一般的な手順について、誤解されやすい注意点と共にステップごとに解説してみたいと思います。(注:各州によって手順や準備書類も異なります。詳細については、各地域の米国不動産専門家ならびに各州法律に詳しい弁護士にご相談になられてください)


1.売主による不動産物件代理人(Real estate listing agent)選定と物件の売出し告知

2.買主による不動産買主代理人(Real estate buyer's agent)選定と物件紹介依頼

3.買主による物件情報の吟味と見学

4.買主の住宅ローン事前承認書(Mortgage pre approval letter)取得

5.買主による不動産売買合意書(Purchase and sales agreement)の提供(オファー=Offer)

6.売主からのカウンターオファー(Counter offer)

7.買主・売主双方による不動産売買合意書の署名とエスクローの開設

8.買主による手付金・証拠金(Earnest money)の支払い

9.タイトル・カンパニー(Title company)による所有権事前報告書(Preliminary title report)準備

10.ローン貸付会社やエスクローの依頼による所有権調査(Title search)

11.買主による住宅ローンの申請、不動産鑑定(Appraisal)と家屋検査(Home inspection)

12.買主による各種書類署名の後、エスクローへの残金送金(精算)

13.エスクローによる権利関係・書類確認と所有権移転登記及び売主への売買代金送金

14.契約終了


1&2 ー 代理人選定の際の注意点


まず上記項目の1と2のステップにおける売主と買主は、各々が免許資格(License)を持つ代理人(エージェント=Agent)を指名して物件への案内や交渉を代行してもらいます。各々の立場で有利に動いてもらえるエージェントを指名するのですが、このいずれのエージェントも、通常、不動産仲介業者(ブローカー=Broker)の下で働かれている方々で、多くは専門家の契約社員という位置づけです。


各州により異なりますが、一般的にはブローカーが売主から販売価格の約6%をコミッション(委託手数料=Commission)として受け取ります。買主はコミッションを支払う必要はありません。通常は、売主エージェント側のブローカーと買主エージェント側のブローカーが6%のコミッションを各々3%ずつ折半する形になります。そのうちの一部を各エージェントが各々のブローカーから契約に基づいて受け取ることになります。各エージェントが売主から直接コミッションを受け取ることは法律で禁じられていて、正式に受け取れるのはブローカーのみとなります。受け取る割合については、あくまでもブローカーとエージェントとの契約により様々です。エージェントの取り分は通常約50%程度ですが、エージェントが100%を受け取り、その替りに経費をブローカーに支払うという形式もあったりします。その意味において、ブローカーはエージェントよりも高い資格と地位があると言えますが、半面、ブローカー側も有利な契約で、より優秀なエージェントに働いてもらいたいという意向が働くため、ブローカーとエージェントとの間の契約条件は、双方の実力と意向に左右されるということになります。


一般的なコミッションのやりとりは下図のとおりとなります。





ここで買主が気を付けないといけないことは、売主と買主のエージェントが同一人物の場合(注:広義では、売主のブローカーと買主のブローカーが同一人物・企業である場合も含む)です。このケースは二重代理(Dual agency)と呼ばれ、買主の不利益につながることが指摘されています。


たとえば、エージェントが同一であった場合には、売主と結託して無理に契約を成立させようとするかもしれません。悪質であれば、物件に係る重要な事実を覆い隠して、買主にとって悪い条件で契約に進んでしまうかもしれません。日本の不動産業界でも「囲い込み」などと呼ばれる不均衡な代理状況(注:売主が不利益を被ります)がありますが、これとよく似た不公平な扱いには注意を要します。


2020年現在、アラスカ(Alaska)、コロラド(Colorado)、フロリダ(Florida)、カンザス(Kansas)、 メリーランド(Maryland)、オクラホマ(Oklahoma)、テキサス(Texas)、バーモント(Vermont)の各州以外では、二重代理が認められています。従いまして、二重代理が該当する州で不動産の購入を検討される際には、エージェントに確認する必要があると同時に、物件の案内を募集しているエージェントに対しては、事前に二重代理の正当性についての説明を受けるべきでしょう。


また、エージェントの方々が不動産取引について充分な知識があって信頼できる人物であるか否かについては、売主・買主の方々にとっても重要な要素です。幸い、不動産の情報サイトにおいて、取引数、評価や人気度などが公開されていたりしますので、納得のいくレベルのエージェントの方を慎重に選ぶことができるでしょう。


3 ー 物件見学時の注意点


米国のすべての不動産物件は、売主がブローカーやエージェントに依頼した時点から一定期間内にMLS(Multiple listing service)というインターネットを通じたデータベースに登録されます。情報が管理されていて、エージェントはアクセスが可能です。


一般的には物件を探し始めた時点の購入希望者にとっては、MLSへのアクセスは難しく、市場に出ている物件をすべて把握するという意味においては、自ずと限界があります。購入希望者の方々は、その地域の不動産物件に詳しい経験豊かなエージェントに、まずは声を掛けられる必要がございます。


ただし、物件を探す一般の人々にとって、Zillow、Trulia、Redfinなどに代表される民間不動産物件情報サイトも充実しています。MLSよりはタイミング的には遅くなりつつも、個別物件の詳細を閲覧できます。居住エリア、家のタイプや間取り、価格範囲など希望の条件を設定すれば、全米の物件を地図と共にリストアップでき、経年の価格推移や固定資産税、住宅ローンの返済計画など、便利な検討機能もついていてます。従いまして、購入希望者は、エージェントに対して見学を依頼することも大切ですが、こういった情報を事前に参照し、購入物件だけでなくエリア付近の相場や状況なども検証すべきでしょう。


4 ー 住宅ローン事前承認申請時の注意点


住宅購入の際には、居住用であれ投資用であれ、金融機関から借り入れをされる方がほとんどかもしれません。実際に、売主・買主の交渉の際には、金融機関やローン貸付会社による事前承認通知(Pre approval letter)が無いと契約には至りません。


日本から直接投資されたり、米国滞在が短い方々にとっては、米国内の金融機関に口座を保有することが非常に難しく、時間を要する作業になります。余裕を持って準備すべきでしょう。後々、賃貸による家賃を毎月受領される予定の方などは、いずれ必要になる金融機関口座を早めに確保しておくべきでしょう。


銀行口座を開くためには、納税者番号(Tax identification number=TIN)が必要で、米国内で仕事をされたり雇用されたりする個人の方なら、社会保障番号(Social security number)や個人納税者番号(Individual tax identification number=ITIN)などの取得が必要です。また、企業であれば、雇用者番号(Employer identification number=EIN)の取得が必要です。


企業が納税者番号を取得するためには、法人、パートナーシップ、LLCなどの事業体を選択して、各州に登録する必要もあって、さらに時間を要します。不動産の購入時期からは、かなり前からの準備が欠かせません。


5&6 - 不動産売買合意書についての注意事項


各州によって呼称は異なるものの、売主と買主が互いの条件を噛み合わせるための作業は、この合意書の署名までの間になされます。オファー(Offer)とは、あくまでも買主が売主に対して条件設定の上、購入希望を出すことですが、価格、住宅ローン額、エスクローの設定期間、手付金額(証拠金額=Earnest money)、その他様々な条件を文面にして準備します。


売主に買主から合意書が提出されると、売主はカウンターオファー(対案付きの提案)を出してくることもあります。買主の側では、それについても慎重に検討し、最終的に合意書署名に進むか否かを決定します。


7&8 - エスクロー開設と注意点


合意書署名が完了すると、エスクロー(Escrow)の開設となります。エスクローは、日系の方々にとられましては聞き慣れない言葉かもしれませんが、アメリカでは誰もが取引上で依存する制度です。独立した第三者的な立場の専門機関・会社(Escrow company)そのものの総称としても使われます。


多様な契約を扱うことから、エスクローでは、専門弁護士を擁する場合が少なくありません。エスクローを開設するのは、一般的には買主や売主ではなく不動産ブローカーやローン貸付会社になります。もちろん買主や売主には、エスクローを選定する権利もありますが、その際には、売主に最終的な決定権があると考えられます。実際の実務をこなすエスクローの担当者はエスクローエージェント(Escrow agent)と呼ばれ、各州法律の扱いによって差異はありますが、一般的に、不動産取引におけるエスクローエージェンントの役割と業務は以下が挙げられます。


● 売主・買主の間の連絡・調整役及び中立的代理

● 所有権の状況を確認するための予備段階での所有権調査(Title search)の申請

● 買主によって引き継がれる借入義務明細書(Beneficiary statement)の申請

● 売主が借入金を返済している時は、支払済明細書(Payoff statement)を返済金受取者に申請

● エスクローへの指摘事項として示された、ローン貸付会社の要請に応じる。

● エスクローに課されたすべての状況や偶発事象の放棄を確保する。

● 譲渡証書(Deed)やその他のエスクロー関連書類の準備や確保、一時保管

● 税金、利子、保険、賃貸料についての売主・買主分の割り当て(計算含む)

● エスクロー指示書(Escrow instructions)を準備する。

● 買主からの手付金(Earnest money)など、売買代金の代理受領及び一時保管

● 買主が借り入れたローン貸付会社(Lender)からのローン資金の代理受領及び一時保管

● 権原保険(Title insurance)の要請

● 不動産権原保険費用や登記費用(Recording fees)の代理支払い

● 不動産業者コミッション、ローン返済金の代理支払い

● 譲渡証書の登記

● エスクロー口座で保有していたすべての残高処分についての最終報告書作成

● 売主・買主、ローン貸付会社の要請の沿ってエスクローを閉じる。


上記のとおり、エスクローは、売主・買主の両方に介在して、様々な事務処理業務を担うことになり、エスクロー開設期間中に売主から買主への所有権移転手続き一切を担うという意味で、売主、買主、ローン貸付会社(Lender)など契約当事者にとっては中心的な存在です。


借入義務明細書(Beneficiary statement)とは、支払利子を含むローン未払残高についての明細書で、売主が支払っているローンについての報告書です。売却されるときに売主のローン残高はなくなっていることが多いはずで、最近では、この手の明細書を請求することはあまり無いかもしれません。一方、支払済明細書(Payoff statement)は、売主のローン残高を単に把握するための書類で、売主がローンの一括返済をするために必要で、こちらはエスクローの大事な申請手続きの一つです。


譲渡証書(Deed)は、売主と買主が署名をして買主への所有権(Title)移転を証明する書類で、買主裁判所や不動産査定官事務所(Assessor office)など登記関連事務所に登録される重要な書類です。これらもエスクローが準備したり一時保管することになる最も大事な業務になります。


税金、利子、保険、賃貸料などは、売買の日を起点として、売主・買主による負担や享受が変ることになります。エスクローは、これらを年間日数割合で配分計算して売主・買主それぞれに分配します。


買主からの売買代金納金は、手付証拠金(Earnest money)、中間納付金、借り入れたローンの資金(残金)も含め、すべてエスクローが代理受領します。これは、契約が終了するまでの間、売主の手に渡らないようにするためです。契約が中途で不履行になった場合には、資金は買主に返還されます。契約上の瑕疵があった場合や不測の事態となった場合を想定していて、安全でかつ安心できる制度です。


エスクロー指示書(Escrow instructions)とは、タイトル・カンパニー(Title company)に対して示される売主・買主合意のエスクローに関する合意文書です。


なお、金融機関の口座について良くある誤解がございます。エスクローは、売主・買主の両方の立場から独立して売買代金や不動産登記書類などの一時的保管等を担う専門会社でもあることから、金融機関口座を保有しますが、これが一般的にエスクロー口座(Escrow account)と呼ばれているものではありません。エスクロー口座は、広く一般的にはローン貸付会社によって買主(不動産所有者)のために作られる口座で、買主の物件を取得後、毎月のローン返済、固定資産税、権原保険の前払いのために使用されるものです。


9 - 所有権事前報告書


所有権事前報告書(Preliminary title report)は、売主が買主に対して開示する書類で、買主の利益のために準備されます。ステップ10の所有権調査(Title search)と重複することになりますが、所有権調査は、最終的に権限保険(Title insurance)作成のための正式手順の一環として履行されるのに対し、事前報告書は主に、買主に対して物件に問題が無いかについて開示する資料として提示される意味合いが強くなります。通常、事前報告書には、次の内容が列記されます。


1.法的な表示(Legal description)

2.固定資産税(Real property taxes)

3.住宅ローンの抵当権(Mortgage liens)

4.地役権(Easements)

5.特約、条件、制限事項(Covenants, conditions & restricti CC&Rs)


上記項目1は、法的な住所や境界線についての記述と集合住宅の場合には、正式名称(呼称)などです。項目2は、固定資産税の納付状況が明記されます。未納が無いかを確認できます。項目3は、売主が支払っている住宅ローンに関する抵当権設定の有無です。項目4は、土地を利用する権利で、通行権(right of way)やその土地を通って水を引く権利などです。また、敷設権、日照権、眺望権などが含む場合があります。項目5は、法的な拘束力のある事項で、第三者の様々な行使権が含まれます。


一般的には、最終的な段階(Closing)で、売主の売却費用(Selling cost)として計上され、買主が負担することが多くなります。(注:物件状況によって負担者は異なります)


10 - 所有権調査の注意点


所有権調査(Title search)とは、取引される物件における所有権の歴史的変遷についての書類を取り寄せて調べることです。物件に対して、過去の所有者や抵当権(Lien)や先取特権などの第三者による行使権、また訴訟や判決(Judgements)などによる要求や請求権(Claim)があるかどうかを確認する作業です。買主が購入後に負担する必要が出てくると共に、当該不動産の権利が脅かされる可能性があるため、事前に過去に遡って調べる必要がございます。


実際に所有権調査の作業を行うのはタイトル・カンパニー(Title company)です。タイトル・カンパニーは、取引される物件の所有権が適法状態であることを確認し、当該所有権について、不動産権原保険(Title insurance)を発行して保証する役割を担っています。買主は当該保険を購入する義務はありませんが、ローンを借り入れる場合には、オプションとして貸付会社が付保し、買主に負担させる場合も少なくありません。ローン借り入れの無いケースでも、所有権の安全を期すべく、買主本人が保険に加入することもありますが、その場合には、買主の意思により決定できます。ただし、買主が自身で依頼した権原保険は、貸付会社やその他第三者に通用しない場合もあり、事前の注意が必要です。


11 ー 不動産鑑定と家屋調査


不動産取引において、不動産鑑定(Appraisal)は主に契約金額が妥当であるかどうかの基準を提供する重要なプロセスです。通常は、金融機関やローン貸付会社など、買主にローンを提供する者が依頼し、ローンを組む買主がその費用を負担します。鑑定は、資格を持つ適格鑑定士(Qualified appraiser)によって行われます。ローンを組まない場合には、買主などが依頼するケースもあります。


物件のクロージング段階(最終段階)において、鑑定による評価額(Assessed value)が契約金額より高い場合は問題ないですが、低い場合には、手続きが遅れたり契約自体が不成立になる場合がございます。通常、ローンの貸付可能額も、買主の財務信用度(Credit)により、鑑定評価額の80%から97%となっており、買主の頭金など資金計画によっては問題となってきます。鑑定評価額が問題となる場合には、別の鑑定士による異なる意見(Second opinion)を取るなどの検討が必要です。特に不景気など不動産市況が悪い場合には、低い鑑定評価額が出るケースが多く、付近の差押え物件などの価格下降圧力もあり、取引される物件価格が安定している根拠について、買主・売主双方は鑑定士を説得することが課題となり得ます。


家屋検査(Home inspection)は、売買する物件の状態(Condition)を確かめるもので、適格家屋検査士(Qualified home inspector)が行います。通常は、買主が購入をしても良いかどうかを判断するために依頼します。屋根(Roof)、基礎(Foundation)、冷暖房設備(Heating and cooling systems)、水道管(Plumbing)、電気・電線(Electrical work)、水道・下水(Water and sewage)などを確認し、必要なケースでは、白アリや火事による被害が無いかも見ます。


12&13&14 - 各種書類署名と登記

これらの最終ステップがいわゆるクロージング(Closing)と呼ばれる段階です。ほとんどの州では、譲渡証書(Deed)が買主の手に渡った時点で所有権(Title)が移転するとされています。各種書類に署名をする作業は、通常1日で終了しますが、物件の占有(Possession)については、後日になることが少なくありません。


譲渡証書は、売主と買主が署名をしてはじめて有効に機能する最も重要な書類ですが、買主が一部を保有すると同時に、不動産査定官事務所(Assessor office)など各郡(County)の登記関連事務所に登記(Registration)されます。不動産を管理したり、固定資産税の課税を管轄するのは郡の自治体及び税務当局で、連邦政府(国)や各州政府の税務当局ではありません。


信託証書(Deed of trust)は買主が住宅ローンを組んで売買代金を支払う際に、貸付会社が買主に対して署名を求める書類です。住宅ローンの元金と利子の額、満期日、さらには差し押えの方法などを記して、合意の上署名します。これについても物件所在の郡(County)の登記関連事務所に登記されます。





米国事業用不動産売買の留意点



アメリカにおける事業用不動産の取引は、居住用不動産のそれと大枠は変わりません。ただ、居住用不動産の取引と比べて保護されている部分が少ないため、売主・買主共に、弁護士や不動産専門家による契約内容や物件状況の念入りな調査が必要になります。反面、交渉段階での融通が利く面も多く、定型的な条項にとらわれることなく契約内容を交渉できるという利点もあります。


事業用不動産取引の特徴を列挙すると次の項目が挙げられるでしょう。


● 法人、パートナーシップ、LLC等、契約主体の企業形態(Entity type)を選ぶ必要がある。

● 不動産決済手続法(Real estate settlement procedures act=RESPA)の指定書類や手順が無い。

● 売買契約の標準様式等が使われず、使われたとしても、附則が詳細に記される。

● 契約書記載事項についての適正評価精査(Due diligence)が必要である。
● 既存借主のためのリース契約の譲渡、手形の譲渡(Bills of sale)等、関連契約があり得る。

事業用不動産の取引手順についても、居住用不動産のそれと大差はありません。中立的な立場の預託第三者(Escrow)がすべての必要取引が終わるまで手付金や中間納付金を一時保持したり、譲渡証書(Deed)の役所への提出などを取り扱うことはほぼ同等です。若干異なるのは、やはり上記の相違点で起こる念入りな精査・確認(Due diligence)ということになります。各ステップで付随する精査が行われます。


事業用不動産は、概ね次のような手順で取引されます。(注:物件の種類や規模によって手順や内容は異なります。物件ごとに不動産エージェントやDue diligenceを代行する弁護士におたずねになられてください)


1.売買合意書(Purchase and sales agreement=PSA)の実行

2.買主による取引証拠金(Good-faith deposit)とPSA写しのエスクロー(Escrow)への委託

3.売主による物件に関する財務諸表や記録などの買主への提供

4.買主による物件の確認

5.売主・買主双方による所有権調査と訂正(Title inspections and corrections)

6.売主・買主双方による交渉。

7.買主によるローンの申請

8・クロージング。タイトル・カンパニー(エスクロー)が買主や貸付会社より売買代金回収9.賃借人への所有者変更に関する通知


以下、ステップごとに留意点を述べます。


1 - 売買合意書について


居住用不動産取引の場合は、通常、買主からオファーという形式で売買合意書(PSA)が提出され、それに対して売主が答える形が多いですが、事業用不動産の取引では、様々な状況が考えられ、売主・買主のそれぞれのエージェントや弁護士からの紹介という形式もあります。


2 - 証拠金とPSAの委託


売買合意書が署名されると、エスクローが開設され、買主から物件売買代金一部の手付・証拠金(Ernest money)と署名済のPSAが委託されます。通常は、この段階において事前所有権報告書(Preliminary title report)が買主に提供され、買主が物件の所有権移転を進めるかについての検討が始まります。


3 - 物件の財務情報や記録


買主は、物件に関する財務省表や賃貸借契約書、また物件に施された改良工事や付帯設備に関する情報の開示を受けます。買主は、建物の実績や状況を財務諸表上やその他管理書類で確認し、さらに検討材料とします。


4 - 物件の物理的条件の検査


物件の物理的条件と情報(Physical condition and information)を検証するため、買主は物件を実際に実地検分(Inspection)します。建物のあらゆる箇所を目で検証しますが、実際には建物に関する専門知識を持った検査員(Inspector)や建築業者などを同行させて検証します。建物設備については、特に機能しているかどうかの検証を怠りません。


5 - 所有権調査


古い先取特権や抵当権などが無いか、既に物件を占有していない賃借人の賃貸記録などが無いか、タイトル・カンパニーと共に、売主・買主の双方が確認作業をします。必要であれば、訂正作業を行い、問題の無い所有権移転ができるようにします。


6 - 不確実性排除のための交渉


買主にとっては、不確実な要素の解消が契約を最終段階(Closing)に進めるか否かの最大の課題です。実地検分で見つかった建物の補修必要箇所等は、買主にとっては建物契約金額からの控除額として扱われたりします。財務諸表の検証で見つかった問題による契約価格の下方修正となる例としては、賃借人の家賃滞納などで、契約金額への何らかの修正として取り扱われることが多くなります。


7 - 買主の借入金申請


借入金を確保するために買主にとって重要なことは、各種の第三者報告書(Third-party report)を依頼することです。事業用ローンが必要なほとんどの物件では、鑑定・査定(Appraisal)が必要ですが、そのうちの多くでは、第一段階環境サイトアセスメント審査報告書(Phase I environmental site assessment report=ESA)の取得も必要になっています。


ESAは、現在と過去における建物の使用状況を調査するもので、当該不動産物件の使用により、土壌や地下水などに影響を及ぼしたか、また現在及ぼしているか、その結果、人の健康や環境に悪影響を及ぼしたか、また現在及ぼしているかについて鑑定する目的があります。もし何か見つかれば、ローン貸付会社や所有者にとっては負債の可能性として考慮されますし、物件の価値にも影響します。ESAは、包括的環境対処・補償・責任法(Comprehensive Environmental Response, Compensation and Liability Act=CERCLA)上の全適格審査(All appropriate inquiries= AAI)の下、遵法な土地所有者(Innocent land owner)として保護されるために必要なもので、通常は、環境専門家(Environmental professi EP)の手によって評価されます。特に注意を要する建物や業務は、ドライクリーニング、ガソリンスタンド、車の修理工場、印刷事業、各種製造業などで、一般的には、アスベストを含む物資や亜鉛使用の塗料などが調査対象に据えられていrます。

また、第三者検査員(Inspector)による物件状況鑑定書(Property condition assessment)を要する場合もあり、その場合は、これを上記のESAに含めることになります。主に、屋根、基礎、冷暖房・換気システム、水道管、電気・電線、エレベーター・エスカレーター、火災報知器や空気清浄レベルなどが検査されます。

8&9 - クロージングとテナントへの通知

クロージングのプロセスは居住用不動産と変わりないですが、事業用不動産の場合、賃借人(テナント)に対する所有者変更の通知が必要になるケースも多くなります。家賃の送付先変更などを告知し、遅滞の無い賃料の授受を心掛けます。





上述のとおり、様々な適正評価精査(デュー・デリジェンス=Due diligence)は、事業用不動産の取引手順において、各ステップに散りばめられています。デュー・デリジェンスの責務は買主にあり、その負担は時として経費のかかるものになりますが、訴訟社会のアメリカでは怠るわけには参りません。


事業用不動産売買取引におけるデュー・デリジェンスは、性格的な面で分類すると、以下の3つの部類に振り分けられるでしょう。


1.財務的部類(Financial category)

2.業務的部類(Operational category)

3.法的・物理的条件の部類(Legal/physical conditions category)


以下、項目ごとに解説させていただきますが、便宜上、買主が賃貸アパート一棟を購入物件として検討する場合を想定してみましょう。事務所や倉庫など他の事業用不動産であっても、同じ要素を検討しなければなりませんし、デュー・デリジェンスの基本設計は同じです。どのようなデュー・デリジェンスが必要なのかについて理解を深めていただいた上で、ケースバイケースで応用していただく必要はございます。(注:不動産のエージェントや弁護士などの専門家にも、様々な局面でアドバイスを受けてください)


1 - 財務的部類(Financial category)


事業用不動産は様々なタイプのものがありますが、買主にとっては、その物件によって得られる収入や経費などを確実に把握する必要がございます。


賃貸アパートが個別事業として運営されていれば、運営する投資会社や投資家は、そのアパート経営のために、財務諸表を作成して経営分析を行っているはずです。買主は当該財務諸表を閲覧して、投資に見合う収入が上がっているか、思わぬ将来的経費の追加負担の可能性が無いかなどについて財務諸表から検証します。直近の年度だけでなく、できれば過年度も含めて過去3年分程度の損益計算書や貸借対照表を比較参照し、収入のブレや資産の減損が無いかなどを分析します。


財務諸表については、できれば、公認会計士による監査(Audit)や検証(Review)のある財務諸表が好ましいですが、準備されていないケースも多く、その場合には税務申告書の取得を検討しても良いでしょう。税務当局に提出する申告書上の情報は虚偽が少ないと考えられ、ゆえに信用性があるため、取得できるのであれば、買主から売主に対し依頼すべきかもしれません。


家賃の計上をまとめた家賃帳(Rent roll)の閲覧によって収入計上を確かめた上、賃貸借契約書(Lease contract)を各賃借人別で検証し 、家主側としての責務や約束との乖離が無いかを確認します。また、賃借人ファイル(Tenant files)などから、各賃借人の信用報告書(Credit reports)をチェックし、家賃の滞納やその他の問題につながらないかについて把握します。アメリカは信用(Credit)社会であり、クレジットカードや車輛リースの返済履歴などが信用履歴(Credit history)克明に記録されます。その詳細が記されている信用報告書は、賃借人の与信には欠かせません。


売主が現時点で返済しているローンについても、購入時に負債部分として含まれるなら、関係書類として取得は必須です。また、アパート経営に圧迫要因があるかについては、手形(Notes)の延期や書き換えなどの処理が無いか、裁判所記録などの閲覧も考慮します。


一般的には、売主は悪い財務情報を隠して物件を優良物件に見せたいという意向が働くでしょう。一方、買主は、悪い情報が無いかを探して、購入に問題は無いか、購入価格を下げてもらう要因は無いかなどの視点で財務情報を分析するでしょう。買主の立場では、売主が提供する財務情報に嘘や隠し事が無いかについて慎重に検証しなければなりません。


2 - 業務的部類(Operational category)


財務的部類のデュー・デリジェンスに比べ、業務的部類のそれは、現在の経費負担に焦点を当てて検証します。あくまでも、初年度にどれだけの経費が実際に掛かるかについて、できるだけ正確に把握するためです。賃貸アパート経営の例では、主に3つの経費について精査します。他の事業用不動産でも同類の経費は、詳細に検証することが必要になるでしょう。


1.光熱費(Utility costs)

2.固定資産税(Real estate tax)

3.保険(Insurance)


項目1の光熱費は、主に水道費です。また共益部分の給湯のための電気・ガス料金です。できれば月次の経費について、使用量についても検証すべきです。売主が提供する事業報告書(Operating report)に記載されている内容は不十分であることも多く、水漏れなどの異常事態を検知するためにも必要でしょう。売主(所有者)が明細書を保有していない場合、あるいは提供しない場合には、供給する水道会社・電力会社・ガス会社などに直接掛け合うことも考えなければなりません。


項目2の固定資産税は、上昇の一途を辿っており、常に監視しておく項目です。物件付近の他の類似した物件の固定資産税とも比較する必要はあるでしょう。鑑定評価額(Assessed value)については、各郡のホームページにおいて公開されていることが多く、購入前には相場として把握しておく必要がございます。鑑定・査定額については、郡の鑑定官(Assessor)が行いますが、自治体の主要財源でもあり、下がることはあまり考えられません。不当に高いと感じた時には、不服申し立て等の手段を講じる必要もあるでしょう。(注:固定資産税の不服申し立てについては、当ウェブサイトの「米国の会計・米国の税務」の該当箇所でも解説致しております。ご参照ください)


項目3の保険に関しては、現時点で売主が付保されている各種保険の情報を取得します。これは、将来買主が新たに保険を検討する際に必要な情報ともなります。保険料(Premium)については、売主側で他物件とも併せた料率となっている可能性もあり、単独で付保した場合にどうなるかなどについて検討する必要があります。また、保険会社側が売主(所有者)に提示しているかもしれないリスク評価(Risk assessment)については要注意です。これは保険会社側で当該物件の問題を指摘し、将来の修理等を前提に保険料を設定している旨、報告するものです。買主に所有権が渡った場合、修理等を施さない場合、保険料が大幅に上がる可能性もあります。


3 - 法的・物理的条件の部類(Legal/physical conditions category)


譲渡証書(Deed)、所有権報告書(Title report)、調査書類(Survey)など、登記やコンプライアンスに密接に関連する書類は、法的、物理的な両面で重要となります。往々にして、後に問題として浮上しうる項目が隠れています。以下、順に解説します。


所有権保険(Title insurance)が発行される前に、タイトル・カンパニーが買主に提供する事前の予備書類に、所有権予備書類(Title binder)があります。これには、付保されない例外項目が挙がるケースがあり、買主はそれらを入念にチェックしなければなりません。例外措置となることが多いのは、建築規制(Zoning)、地役権(Easements of record) 不法侵害及び特約(Encroachments and covenants)などです。


また調査書類の検証は、事業用不動産の売買取引上で最も念入りに扱うデュー・デリジェンスの1つです。これは米国土地所有権連盟(American Land Title Association=ALTA)の基準で作成されることが多いのですが、一般的には、地役権(Easements)、不法侵害(Encroachments) 、その他の所有権を害する事象が記載されます。しかし、ALTAの基準は厳しくない場合も多く、買主側では、後々の追加的費用の原因となる可能性があるなら、当該事象につき、より詳細な調査を依頼すべきかもしれません。


鑑定評価(Appraisal)、環境・建築規制、建物・設備報告書などの第三者報告書(Third party reports)は売主が購入した時点のものが、買主に提供されることもありますが、年月が経っていて状況も変化しているという理由から、売主が提供を断ることもあります。しかし、買主にとっては参考になるものなので、できれば取得する方が良いかもしれません。


また、新たなローンのために買主が第三者報告書を取得する際には、ローン貸付会社が依頼しないと、引受業務の各種規制に反することになりかねず、注意を要します。


第三者報告書の中でも最も重要なものは、第一段階環境サイトアセスメント審査報告書(Phase I environmental site assessment report=ESA)ですが、もし、物件の土壌に汚染等が疑われれば、第二段階(Phase II)でサンプリングが必要で、環境リスクがあると判断された場合には、第三段階(Phase III)において、改善措置と継続的監視が必要になります。最終的に問題なしとなった時には、必ず最終通知書(No-further action= NFA letter)を受領しなければなりません。


買主は、仮に環境サイトアセスメント審査報告書を売主から提供されたとしても、新たな報告書を取得しても構いません。しかし、NFA通知書が売主に提供されていた場合は、取引評価(Transaction screen)と呼ばれる簡略化した書類を取得しても良い場合があります。通常の報告書よりも安価なため、貸付会社に対する効果は同じものが見込まれる場合には、こちらを利用することを検討しても良いかもしれません。


建築規制証明書(Zoning certification)は町の自治区から取得する必要がありますが、現状の規制コンプライアンスは、電話での問い合わせが原則です。第三者からの証明書等は受け取るべきではありません。


建物・設備報告書(Building/Engineering Report)は、ちょうど居住用不動産の家屋検査(Home inspection)に該当しますが、買主はローン貸付会社から常に要請されるわけではありません。検査員(Inspector)は、主に建物の設備について試験し、建築部材を評価し、その上で補修や修理必要箇所を告知します。建物にもよりますが、冷暖房・換気システム(HVAC system)、消火システム(Fire suppression system)、エレベーター、ボイラーなどは、追加的に検査されます。





アメリカ不動産の賃貸事業運営





日本の住宅賃貸運営との差異



日本からアメリカの不動産に投資し、それに伴って賃貸運営をされる際には、多様な形態が考えられます。もちろん目的も規模も様々でしょう。たとえば、日本在住の個人の方がアメリカ在住時に購入された一戸建ての家を賃貸に出されるケースから、米国に現地法人を設立されて本格的に不動産開発を展開される日本法人のケースまで、色々な局面が考えられます。しかし、どんな場合におかれましても、日本と異なる点は押さえておかなければなりません。


ここでは、比較的小規模のアメリカ不動産投資を念頭に、アメリカにおける現在の賃貸住宅事情を踏まえた上で、居住用住宅の賃貸運営に関する一般的留意点を考察してみたいと思います。


なお、アメリカ不動産投資と賃貸運営に関しましては、個々のケースで注意点が千差万別です。抽象化すること自体難しい面もあり、あくまでも一般論としての位置づけで当コラムをご参照ください。実際のケースをご検討の際には、米国不動産に詳しい不動産エージェントの方々やマネージメント会社のご担当者など専門家に個別にご相談になられてください。





アメリカの賃貸住宅について



まず、アメリカの賃貸住宅のタイプを挙げてみましょう。


● 一戸建て(House)

● 二世帯一戸建て(Two family house)

● 二世帯長屋建て(Duplex house)

● タウンハウス(Townhouse)

● 地下室(Basement suite)

● アパート(Apartment)

● コンドーミニアム(Condominium)

●  移動住宅・トレーラーハウス(Mobile home)


日本ととは少々捉え方が異なるため、しばしば混乱するのは、Two family、Duplex、Townhouseの区別です。


Two familyは都市近郊に多く、一戸建ての家を玄関と勝手口を利用して、完全に二つの家族が別々に住めるよう改築したタイプです。水回りの設備や電気・ガスメーターなどを二つ分設置し、生活経費を分別できます。地域によって法的許可に制限があるので、元々純粋な一戸建てだった家をTwo familyに改築して貸し出すときには要注意です。通常は二階建て住宅の上下を別けているケースが多くなります。元来一戸建てであったことから、内部階段の一階部分に壁あるいは開かない扉を付けて完全に区分けされているケースが多くなっています。それに加え、地下室(Basement suite)にも勝手口を設け、分離して三世帯住宅にしているケースも多く、その場合には電気・ガスメーターなどが三世帯分並びます。ただし水道料金は別けず、家賃に含めているケースも少なくありません。


Duplexは、玄関が二つある二世帯住宅です。通常、所有者は一人(個人・法人)で、両方あるいは片方が賃貸住宅として貸し出されている場合が多くなります。住居エリアにも、一筆の土地に左右対称で建築されるケースが多く、家主(Landlord)側では、両方を貸し出すと二世帯分の家賃が取れるメリットがあると言えるかもしれません。(注:地域の相場にもよります)





タウンハウス(Townhouse)は、広い敷地のエリアにいわゆる長屋形式で数棟から十数棟分、区分した建築物で、二・三階建ての建物が多いようです。庭や壁で仕切られた各区分は、各々の個人が所有する形態になり、テラスや裏庭が各区分ごとに区分けされているケースも多くなっています。


アパートメント(Apartment)は比較的大きな集合住宅で、一般的には複層のビル建築構造体になり、一棟分をマネージメント会社が運営しているケースが多くなります。建物は中低層から高層になることもあり、構造的な差異ではなく、あくまでも所有形態が判断基準です。それゆえに、一棟分まるごとマネージメント会社が所有していることが多く、区分ごとの個人所有ができません。(注:地域や各物件により様々に異なります)


一方、コンドーミニアム(Condominium、コンドー=Condo)は複層のビル建築構造体で、各区分ごとに個人所有となり、住宅所有者協会(Home owner association=HOA)が建物全体の運営を行います。もちろんマネージメント会社に委託することもあり、日本の「分譲マンション」とほぼ同じ形態になります。



アメリカ住宅賃貸事業運営の注意点





日本国内の不動産投資と中古住宅賃貸運営については、人口減少や日本政府の無策などもあいまって将来的な不透明感があり、既に限界も見えています。いきおい、人口増加と政治的安定を誇り、経年劣化や減価が極めて少ないアメリカの不動産に目が行きがちですが、本来、不動産投資に伴う賃貸運営は、物件付近の経済状況や法律知識をはじめとした様々な実情をご存知であるという前提に立って実現できるものです。しかし、日系の方々にとられましては、アメリカの不動産物件について、つぶさに周辺事項を知った上で投資を実行に移されることは、難しいとお感じになるかもしれません。反面、手順を踏んで留意点を確実に押さえていけば、アメリカ不動産は理想的な投資対象になると言えなくもありません。


日本から投資をして、アメリカ不動産の賃貸運営をする場合には、様々な留意点がございます。もちろん詳細取引については、米国不動産業者のエージェントの方々や米国不動産マネージメント会社のご担当者に委託されるにしろ、投資家の方々の方でも、日本とは異なるアメリカ特有の視点と基礎知識を持たれている必要があり、主に次のような項目が挙げらるでしょう。


● 法律を知る。

● マネージメント会社に委託する。

● 賃借人を選別する。

● 保険を確認する。 


各州(State)・各郡(County)・各市(City)における不動産賃貸に関わる法律は、保証預り金(Security deposits)、立ち退き(Eviction)、賃貸契約後の家主の入室に至るまで、賃貸契約法(Landlord-tenant law)として様々に規定されており、各自治体において異なります。日本の賃貸契約とも若干異なる点もございます。定型の賃貸契約様式が各州で準備されていますが、特約等を家主・賃借人合意の下、合法的な範囲で入れても構いません。通常は1年や2年といった定期契約ですが、月ごと(Month to month)の契約になることもあります。賃貸契約が終了して、正式な契約更新がされなかった場合に、自動的に月ごとの契約になる自治体もあります。また家主は、保証預り金(Security deposit)として受領した一時金(家賃の1ヶ月や1ヶ月半分等)を妥当な利息が計上される別段預金口座で運用しないといけないケースも多くなっています。さらに、アメリカではルームメート(Room mate)とのシェアや部屋一室分だけを転貸(Sublease)することが一般的なため、契約条項を契約書上に規定して整備しておく必要もございます。


日系の方々の多くは、賃貸運営のすべての業務について、不動産マネージメント会社(Property management company)に委託するケースが多くなるかもしれません。日本の不動産業者と同様に、アメリカの不動産マネージメント会社も、家賃の8%から12%という形式で代行手数料を徴収します。借家自体の物色、賃借人のチェック、保証預り金や家賃の受領などは一般的な代行業務ですが、定期的な物件の検査や修理の手配まで請け負うケースもあります。地域のマネージメント会社であれば、法律の知識にも長けており、頼りになる存在です。


アメリカでは、契約前に、賃借人のバックグラウンド・チェック(Background check)を怠るべきではありません。通常、不動産業者のエージェントやマネージメント会社のご担当者への代行依頼になるかとは思いますが、家主の立場でも、きっちりと確認する必要がございます。照会先(Reference)に問い合わせることは、賃借人の人物を知るために最も大切な手段です。勤務先の同僚や現在住んでいる家主など、2~3名の照会先を借家人の許可を得て取得すべきでしょう。また、所得やローンなどの負債の情報に加え、信用履歴(Credit report)とクレジット・スコア(Credit score)の取得は必須です。延滞などがある場合にはスコアが低くなるので、賃借人を選ぶという意味においては、低スコアの人物には慎重になる必要があります。家主側で信用機関(Credit bureaus)の情報に直接アクセスする場合には、借家希望の方に署名の上、許可を得る必要がございます。アメリカでは、三つの主要信用機関(Equifax, Experian and TransUnion) があり、社会保障番号によって、各個人のすべての信用履歴と信用スコアが確認できます。


通常、賃借人の占有後は、家主が付保している家屋所有者保険(Homeowner's insurance)では、損害が填補(Cover)されません。家屋所有者保険は、所有者が当該家屋に住んでいることを条件とすることが多いからです。従いまして、賃貸運営を行う家主となった際には、家主保険または賃貸家屋保険(Landlord insurance=Rental property insurance)の検討が必要です。賃借人が賃貸物件の内部で、当該賃貸建物の問題によりケガを負ったような場合には、家主保険でその損害が填補されます。ただし、賃借人の私物(Personal belongings)は家主保険では損害填補されないため、賃借人自ら賃借人保険(Renter's insurance)に入る必要があります。家主側では、当該賃借人保険に付保されることを条件にして家を貸すこともあり、不動産マネージメント会社とも良くご相談の上、契約条件を決めなければなりません。





米国不動産投資と米国税制





米国不動産税務と優遇税制・優遇措置





アメリカの不動産を取得し、賃貸運営で所得を稼得した後に処分して売却益を得るという一連の不動産取引。


昨今、日本での節税効果も伴い、日系企業のご担当者や日本人投資家の方々の間では、非常に人気を博しているようです。しかしながら、慣れない米国税務や日米間の税務分析には注意を要します。


たとえば、日本の居住者(米国非居住者)であったとしても、賃貸収入から得られる不動産所得や売却時に得られる譲渡所得は、原則的に米国税法が適用されます。同時に、個人・法人などの事業体に係わらず、日本での所得税や法人税の課税対象にもなるはずで、日米両国における二重課税の問題が出て参ります。従いまして、日米租税条約の解釈などによって、課税減免措置を検討する必要もございます。米国居住者である個人(アメリカ人)や米国資本の米国法人などとは異なる留意点があるということです。


一方、不動産取引が円滑に行われるように、アメリカにおいても不動産優遇税制や優遇措置がございます。恩典をうまく活用して申告や申請をすれば、税額減免や補助金・助成金などの恩典享受が可能なため、事前に準備する必要がございます。


ここでは、以下の項目について順を追ってご説明し、アメリカへの不動産投資の形態別(事業体別)に、どのような米国税務が必要なのかについて、留意点と共に概説いたします。


1.アメリカ不動産賃貸取引と米国税制

2.アメリカ不動産売買取引と米国税制

3.アメリカ事業体別の米国不動産税務留意点

4.アメリカの不動産優遇税制・優遇措置


なお、実際の米国不動産取引上は、アメリカにおける事業体選択など、最適な投資形態を検討される必要がございますが、取引内容や居住条件、投資事業体の状況などが複雑に絡み合い、個々の案件における税務判断は多岐に渡ります。当コラムは、あくまでも一般的な概論として捉えていただき、個別案件については、米国不動産税務に詳しい米国公認会計士にご相談されてください。当事務所においても、ご相談を承っておりますので、是非ご連絡ください。



米国不動産関連税務について





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アメリカ不動産賃貸取引と米国税制



日系企業のご担当者や日本人投資家の方々が、アメリカ不動産を賃貸運営して所得を得られる際に、直接的に米国で課税される所得税関連の税金として検討要となるのは、主に以下2つの税目となります。(注:間接的には、固定資産税、使用税や事業登録税等、他の税金の課税もございますが、ここでは所得税関連のみ解説致します)


● 個人所得税・法人税(Individual income tax, Corporation tax)

● 外国源泉所得税(Foreign withholding tax)


まず、上記について、アメリカでどのような根拠や税制を以って課税されるかについてご説明します。


本来アメリカ国内で稼得した所得については、アメリカ国内で課税され、個人所得税や法人税として課税されるというのが原則です。いわゆる所得源泉地国課税の原則です。しかしながら、例外もございます。日本居住者など、米国非居住者(US non-resident)の個人(Individual)や日本法人などの外国法人(Foreign corporation)の場合です。米国非居住者(個人・法人)が米国で課税されるのは次の2つのケースとなります。


1.所得の源泉がどこであるにしろ、所得が米国内事業や取引に実質的に関連する所得(Income effectively connected with a trade or business in the United States)の場合

2.米国源泉所得(US Source income)である場合


「米国内事業や取引に実質的に関連する所得」の中の「米国内事業や取引」の定義としては、米国内における相当規模で継続的または定期的な事業(Engages in considerable, continuous, or regular business activity in the U.S.)となります。米国内の賃貸事業においては、例えば、単にアメリカのアパートメント1戸を所有し、賃借人一人に貸したとしても、通常「米国内事業や取引」とはなりません。一方、例えば、3階建10戸の区画がある賃貸事業用建物をアメリカ国内に保有し、継続的に約10人程度の賃借人に貸した場合は、米国内事業や取引の範疇に入る可能性が高くなるでしょう。(注:諸条件により異なります。個別案件については米国公認会計士にご相談ください。当事務所でもご依頼・ご相談を承っております。ご連絡ください)


次に「米国内事業や取引に実質的に関連する所得」の中の「実質的に関連する所得(Effectively connected income=ECI)」を考える際には、所得が生ずる上で、事業活動が実質的であるか(Business activity is material=Business-activity test)、あるいは米国事業を行う上で米国内資産が使用されたか(Income derived from US asset used=Asset-use test)という2つのテストの確認が重要になります。先例にあったアパートメント1戸と賃貸商業建物10戸の2つのケースでは、資産の使用は双方で確認されますが、アパートメント1戸は事業活動が実質的とは考えられない一方、10戸の事業用賃貸建物では、実質的と考えられるかもしれません。「米国内事業」の概念と少々重複しますが、検討時点で最も重要な要素です。


米国事業実質関連所得に入らないと思われる所得には、定額・確定・年次・定期所得( U.S. source fixed or determinable annual or periodical (FDAP) income)が含まれ、次のような所得です。(注:FDAP所得の詳細については、当ホームページの「米国の会計、米国の税務」の中の源泉所得税の箇所をご参照ください)


● 配当(Dividend)

● 利子(Interest)

● 使用料(Royalties)

● 賃貸所得(Rental income、米国事業実質関連所得でないもの)


米国非居住者であっても米国源泉所得があれば、原則的には米国内で課税されることになりますが、米国内の賃貸建物から稼得した所得は米国源泉所得であり、明らかに米国内で課税されます。しかし、ケース別に課税形態が異なり、原則的には次の2つとなります。


1.米国事業実質関連所得である場合は、個人所得税・法人税課税(ネット課税)

2.米国事業実質関連所得でない場合は、源泉所得税課税(グロス課税)


以下では、上記2つの課税形態がどう異なるかについてご説明します。


米国事業実質関連所得として、米国で所得税・法人税の申告納付をされるケースでは、通常、固定資産税を含む各種税金や管理費・代行費をはじめ各種経費、加えて賃貸建物の減価償却費や賃貸事業の用に供した器具備品の減価償却費などを課税所得から控除できます。経費を控除したネット所得に対して個人所得税率(10%~37%)や法人税率(一律21%)を乗じての課税となります。(ネット課税)


一方、源泉所得税課税の場合には、経費などの控除をせず、受取金額そのままの額(賃借人からのグロス賃貸料受取額)に源泉徴収税率(注:事業体や所得の種類によって様々な税率が日米租税条約の規定されていますが、日本居住者の賃貸所得の場合30%)を乗じて課税となります。(グロス課税)


従いまして、ネット課税所得に所得税率(法人税率)を乗じて納税額とされる方がグロスの賃貸収入から源泉徴収されて納税されるよりも税負担は圧倒的に少なく済みます。(注:個人・法人の所得額や適用税率、事業体の居住状況によって異なります)場合によっては、経費の方が所得を上回り、損失計上となるケースも多々あり、個人所得税・法人税課税の場合には、米国の税金を納付する必要がなくなるケースも多くなります。(注:納税額が無くても申告は必要です)明らかにネット課税の個人所得税・法人税課税の方が有利であることから、日本居住者など、外国居住者や外国法人は、内国歳入法871条(d)項や882条(d)項の規定に則って、ネット課税を選択されている方々が多くなっています。


上述のとおり、アメリカで稼得した日本居住者(個人・法人)の賃貸所得が米国事業実質関連所得でない場合、米国から日本へ帰還送金される際には、グロス収入額の30%が外国源泉所得税として源泉徴収されて差し引かれます。支払者が源泉徴収と申告納付の義務を負っていて、怠ると支払者自身が源泉所得税の負担義務も負います。従いまして、支払者は源泉徴収と申告納付を遅滞なく行います。そのことから、納税者(受取者)側の日本居住者は、米国税務当局へ自ら申告納付するか、それとも源泉所得税を差し引かれたままにするかについて、直ちに選択をして税務当局へ報告いただく必要がございます。差異が些少であれば放置しても構いませんが、多くの場合、座視できる少額ではございません。


日本居住者など、米国非居住者がネット課税所得での米国個人所得税・法人税申告をする際には、内国歳入法上871条(d)項及び882条(d)項の規定に従い、あたかも米国事業実質関連所得としての申告を選択するということになります。この選択は、器具備品などの賃貸から得た所得や事業用賃貸として保有されていない個人住宅(注:短期のルームシェアなどで形態によって異なります)からの所得には適用されません。


さらに、日本居住者(米国非居住者の個人・法人等)は、全世界所得(Worldwide income)が日本で課税されるため、二重課税となった米国納税分の所得税・法人税関連納付額について、日本の税務申告書上で外国税額控除として差し引けます。しかし、控除額は限定されていて、全額控除可能になるとは限りません。申告納付のタイミングの問題で、還付機会を逸失してしまうこともあります。また、米国での税務申告での課税所得計算上で様々な経費と相殺した後に損失が出たとすれば、当該米国不動産における損失は、日本の税務申告書上で、日本国内での所得と相殺できます。(注:日米両国での所得稼得状況を総合的に判断する必要がございます)さらに、日本の税務申告書上の外国税額控除が充分な額でなかったり、その他様々な理由で、結局米国の申告書を提出する必要性も出て参ります。当初から米国の税務申告をすれば、そういった後からの作業も申告納付遅延のリスクもなくなります。


2021年現在、アメリカの法人税率は一律21%で、源泉所得税の徴収税率よりも低く、賃貸運営上の事業体をうまく設定すれば、さらなる節税にもつながります。(注:米国法人と外国法人など、事業体別の課税取り扱いは異なります。詳細については後述いたします)


以上述べて参りましたように、米国での所得の申告と納税を考慮されることは、米国の不動産賃貸取引を行う上で、節税の観点から必須事項となります。加えて、米国税務申告の代行費用は、日系の皆様がお考えになられているほど高額ではありません。一般的には、日本での申告と米国での申告を同時並行でされることが最も得策になると思われます。(注:ご検討のケースにより異なります。米国公認会計士にご相談になられてください。当事務所においてもご相談させていただいております。お問い合わせください)


なお、米国事業実質関連所得として、米国内での申告納付を行う場合、源泉所得税は免除されますが、その際には、賃貸収入から源泉徴収されないように、支払者(賃借人やマネージメント会社)に対して米国事業実質関連所得である旨を証する書類(様式)を提供いただかないといけません。(注:W-8という様式です。どのタイプの様式を準備するかについては、ケースによって異なり、それにより非課税措置とならない場合も出てきます。詳細については、当サイトの「米国の会計、米国の税務」における源泉所得税関連の該当箇所をご参照ください)






米国不動産関連税務について





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不動産売買取引と米国税制



米国内の不動産を売却した際に生ずる譲渡所得は、一般的には米国での申告納税が必要になります。また、原則的に、米国不動産の譲渡益は、納税者の米国事業や取引への従事の度合いに係らず、「米国内事業や取引に実質的に関連する所得(Income effectively connected with a trade or business in the United States)」として扱われます。


日本の居住者(米国非居住者)であれば、不動産譲渡益については、日米租税条約においても源泉地国課税が原則で、米国での納税義務は変わりません。加えて、日本においても、米国など海外不動産の処分で得た譲渡所得は課税所得の範囲となるため、結果、日米両国における二重課税となります。そのため、日本における申告において、外国税額控除で一定額を差し引く必要もございます。


通常、米国居住者(アメリカ市民や永住者などの個人や米国法人等)が米国内保有の不動産を処分して得た売却益は、個人所得税(Individual income tax)や法人税(Corporation income tax)といった申告書上で開示され納税されます。


一方、外国人(米国非居住者の個人・法人等)が保有する米国不動産が売却される際は、譲渡所得が米国内で申告納付されないとの危惧の下、税務当局である内国歳入庁が、買主に対し、源泉徴収義務を課しています。米国事業実質関連所得としてネット課税(個人所得税や法人税課税)が原則であるにも係らず、源泉所得税課税を特別に課しているということになります。個人所得税・法人税などの米国税務申告納付が米国非居住者によって正しくなされていないという現実が背景にあると思われます。そのため買主が購入売買代金支払いの一部を源泉徴収して差引き、源泉所得税として期日内に納付するよう義務付けられています。実務上は、たいてい買主の不動産代理人(Real estate agent)やエスクロー会社(Escrow company)が源泉徴収し、税務当局に納付することになります。結果、売主である外国人は、売却価格全額を受け取れず、一部を源泉所得税としてIRSに納付することになります。


この源泉徴収義務については、アメリカ1980年外国不動産投資法(Foreign Investment in Real Property Tax Act of 1980=FIRPTA)によって定められ、内国歳入法1445条に規定されています。2019年に批准された日米租税条約も、当該内国歳入法の条項に準拠する形式で規定されているため、日系企業や日本人投資家の方々がアメリカ不動産に投資される際には、後の売却時の米国税務も考慮する必要がございます。


FIRPTAの概要は以下の通りとなります。


● 通常、買主が源泉徴収義務者。売主が外国人であるかについての確認義務が買主にある。

● 源泉徴収義務者の買主(買主代理人、エスクロー会社等)がIRSに納付する。

● 売買価格30万ドル以下の物件で、かつ買主が自己の居住の用に供する場合、徴収は不要。

● 売買価格30万ドル超100万ドル以下の物件で、かつ買主自己居住の場合、徴収税率は10%。 ● 売買価格が100万ドルを超える物件の場合、買主使用の用途に係らず、徴収税率は15%。

● 米国不動産保有法人(U.S. real property holding corporation)の株式売買もFIRPTAが適用される。

● 米国不動産保有法人とは、全資産の50%以上が米国不動産である米国法人または外国法人。

● 不動産投資信託=リート(Real estate investment trust=REIT)の配当もFIRPTA適用対象となる。

● REITの配当の際には、REIT自身が源泉徴収義務者となる。


売買価格の定義は、あくまでも現金授受(Cash paid or to be paid)の金額で、通常は契約金額やグロス販売価格、あるいは公正市場価値(Fair market value)であり、譲渡実現額(Amount realized on the disposition)となります。


また、上記のとおり、買主が自己の居住の用に供する場合は、源泉徴収税率の減免がありますが、初年度の年間日数の半分を当該住宅において生活する予定でなければなりません。また、買主が法人など個人ではない場合は、原則的に軽減税率は適用されません。源泉徴収が不要であった場合は、申告書等(注:後述致します)提出の必要はありませんが、居住の事実が無かったと判明した場合には、後日IRSより買主に対して請求されることがあります。


米国不動産保有法人の株式も米国不動産権利(US Real property interest)として認識されるため、当該法人の株式売買についてもFIRPTAの源泉徴収義務が課されます。従いまして、日本居住者(米国非居住者)が米国法人を設立して不動産に投資をしても、FIRPTAからは逃れられないということになります。(注:内国歳入法897条(i)項による外国法人の米国法人扱い選択(Election)など、一部の例外を除きます)


源泉徴収した額は、取引のあった日から20日以内に「外国人による米国不動産処分の際の源泉所得税申告書(U.S. Withholding Tax Return for Dispositions by Foreign Persons of U.S. Real Property Interests=Form 8828)」を内国歳入庁(IRS)に提出すると同時に源泉所得税として納付します。ただし、「外国人による米国不動産権利処分の際の源泉徴収証明申請書(Application for Withholding Certificate for Dispositions by Foreign Persons of U.S. Real Property Interests=Form 8288-B」を提出して、源泉徴収義務の軽減税率を申請し、許可、却下などのIRSからの通知書を待っている期間は、Form 8288を提出する必要はありません。しかし、IRSから通知書が送られた日から20日以内には、申告を済ませる必要がございます。この通知書は、源泉徴収証明書(Withholding certificate)となっており、Form 8288に添付する軽減税率の疎明資料となります。Form 8288には、その他「外国人による米国不動産権利処分の際の源泉徴収明細書(Statement of Withholding on Dispositions by Foreign Persons of U.S. Real Property Interests=Form 8288-A)」が添付されます。この様式は、源泉徴収代理人(Withholding agent)として買主が準備しますが、2通作成してIRSに送付した分のうち、1通分は、IRSで承認印が押された後に売主に送付されます。


上記のとおり、米国不動産の売却の際には、米国事業実質関連所得として米国税務申告が原則であるにも係らず、源泉徴収義務が課されますが、日本居住者(米国非居住者)は、日本での申告で納税する義務があるため、二重課税となります。従いまして、日本または米国での税務申告書提出時に外国税額控除によって、いずれかの納付済税金の還付申請をする必要がございます。米国での賃貸取引と同様に、事前の準備が必須となります。



米国不動産関連税務について





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米国事業体別の米国不動産税務留意点



日本から投資をして、米国内に不動産を保有する際には、当該不動産の保有主体となる米国内事業体の形態が重要となります。事業体の形態によっては、米国内の課税の形式が異なるからです。「米国事業体 - 会社の設立」のセクションでもご説明差し上げておりますが、日本から米国不動産に投資する際にも、以下の各アメリカ事業体が考えられます。


1.個人事業主(Sole proprietorship)

2.パートナーシップ(Partnership)

3.リミテッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)

4.外国法人(Foreign corporation)

5.米国法人(U.S. corporation)

6.不動産投資信託=リート(Real estate investment trust=REIT)

以下、日本居住者(米国非居住者)が米国の不動産へ投資することを主に前提とし、その上で各事業体による投資のケースについて検討します。所得が日本へ帰還送金される際も含めて、米国税務留意点について概説致します。(注:あくまでも一般概論になりますので、個別ケースについては、くれぐれも米国公認会計士にご相談されてください。当事務所においてもご依頼・ご相談を承っておりますので、ご連絡ください)

1.個人事業主(Sole proprietorship)


賃貸・売買取引の解説箇所においても、既に若干ご説明差し上げておりますが、個人事業主の方が直接アメリカの不動産に投資される場合も、最初のステップは、稼得される所得を「実質的に米国内事業や取引に関連する所得=米国事業実質関連所得(Income effectively connected with a trade or business in the United States)」とするか否かについて判断されることです。


個人事業主として、米国内で不動産事業を相当規模で行った場合(Business activity is material)には、米国事業実質関連所得として、米国での非居住者個人所得税(Form 1040NR)の申告納付が必要になります。また、米国非居住者が個人所得税申告をする際には、内国歳入法上871条(d)項の規定に従い、建前上はあたかも米国事業実質関連所得としての申告を選択するということになります。


一方、稼得所得が米国事業実質関連所得でなければ、賃貸所得については定額・確定・年次・定期所得( U.S. source fixed or determinable annual or periodical (FDAP) income)となり、源泉所得税(原則グロス賃貸収入受取額の30%)の源泉徴収となります。賃借人(マネージメント会社)が税金を源泉徴収し、申告納付します。不動産売却益については、FIRPTAの該当源泉徴収税率(条件により、契約金額や公正市場価値の0%、15%、10%)による源泉所得税の源泉徴収となり、個人事業主は当該源泉所得税が差し引かれた額を受け取ることになります。物件の買主が源泉徴収義務者となり申告納付します。(注:FDAP所得の詳細については「米国の会計、米国の税務」のセクションの源泉所得税の箇所をご参照ください)


上記の2つの納付方法(所得税・法人税納付と源泉所得税納付)では、通常は源泉所得税よりも個人所得税・法人税での納付を選択した方が米国での納付税金は圧倒的に少なく済みます。所得税・法人税申告では課税所得計算上で減価償却費を含む各種経費を控除できるのに対し、源泉所得税納付では、グロス受取額に対し課税されて経費控除が出来ないからです。


従いまして、源泉所得税を納付した後に、取られ過ぎた源泉所得税の還付申請のために、結局、米国個人所得税・法人税申告を行うケースが多くなります。もちろん、米国での申告納付あるいは米国で源泉徴収をされた後に、日米いずれかの個人所得税申告書上で外国税額控除による還付申請となりますが、外国税額控除は満額控除可能であるとは限りません。後々の税金還付申請のための米国個人所得税・法人税申告に苦慮されるのであれば、当初から米国税務申告を計画した方が良いかもしれません。


なお、個人事業主の日本居住者であっても、米国で永住者(Permanent resident)や居住外国人(Resident alien)としての居住条件を取得できれば、米国非居住者としてではなく、米国居住者としての税務申告となり、源泉所得税を差し引かれることはなくなります。ただし、その際には、居住者である旨の証明を買主に提供する必要がございます。


2.パートナーシップ(Partnership)


米国のパートナーシップを設立して、当該パートナーシップに米国不動産を保有させる投資形態です。パートナーシップの設立には、2人以上の出資者(メンバーであるパートナー)が必要になります。1人の出資者のみでは、パートナーシップは形成できません。


米国のパートナーシップはパススルー(導管的な)事業体のため、それ自身が納税主体とはなりません。資本拠出(Contribute)したパートナーレベルの事業体が納税主体となります。パートナーシップとしての申告書(Form 1065)提出義務はございますが、パートナーシップ自体に納税義務はございません。各パートナーは、所得証明の様式K-1(Form 1065) をパートナーシップから受け取り、それを基に申告納付します。米国のパートナーシップは、個人、パートナーシップ、LLC、米国法人、外国法人など、ほとんどの事業体がパートナー(メンバー)となれるため、当該パートナー各々レベルでの税務申告義務が適用されます。


パートナーシップ・メンバーのパートナーが日本居住者(米国非居住者)の場合、自身の米国事業実質関連所得稼得の如何に係らず、パートナーシップの所得が米国事業実質関連所得であれば、パートナーに源泉所得税負担の義務が生じます。内国歳入法1446条に規定されていて、利益分配をする際の支払者(パートナーシップ)には源泉徴収義務と申告納付義務も発生します。パートナーが個人の場合は37%、外国法人の場合は21%の源泉徴収税率が各々適用されます。支払者となるパートナーシップ側では、外国源泉徴収に関する申告書(Form 1042)の提出と外国源泉徴収に関する明細書(Form 1042-S)の発行が必要になります。


パートナー(個人・法人)レベルで米国事業実質関連所得(パートナーシップからの所得)が稼得されれば、本来、米国個人所得税・法人税の申告納付が原則です。しかし、多くの米国非居住者が米国における税務申告を正しく行えていないという状況が当該源泉徴収義務規定の背景として否めません。


また、パートナーシップの所得が米国事業実質関連所得でない場合、当該所得をパートナーに分配する際に、米国源泉の定額・確定・年次・定期所得( U.S. source fixed or determinable annual or periodical (FDAP) income)となります。各パートナー(個人・法人)が源泉所得税に負担義務がありますが、源泉徴収税率は30%となります。支払者となるパートナーシップ側では、外国源泉徴収に関する申告書(Form 1042)の提出と外国源泉徴収に関する明細書(Form 1042-S)の発行が必要になります。


個人事業者の箇所でもご説明致しましたが、日本居住者を含む米国非居住者のパートナーレベルでの源泉所得税納付は、原則グロス課税です。すなわち、個人所得税・法人税申告のネット課税(経費控除可能申告)による税金納付額よりも著しく高額納付になります。後々の還付申請のための各パートナーレベルでの米国税務申告については、事前に計画される必要がございます。


さらに、外国人パートナーの米国事業実質関連所得についての予定納税見積額及び実際の税額が$1,000未満の場合、内国歳入庁への源泉所得税の納付が必要なくなります。ただし、パートナーシップの所得が唯一当該パートナーシップの活動からのものであり、それを外国人パートナーがパートナーシップに証明できることが条件となります。


なお、米国のパートナーシップは、税務上だけ法人としての扱いを受ける選択ができます。その場合には、利益の分配(Distribution)の際にも、米国法人または外国法人(日本法人など)としての扱いを受けるため、配当や利子についての国際間の源泉所得税については、注意を要します。


3.リミテッド・ライアビリティー・カンパニー(LLC)


米国のLLCを設立して、当該LLCに米国不動産を保有させる投資形態です。LLCもパートナーシップと同じく、パススルー(導管的な)事業体のため、LLCに対して資本拠出(Contribute)した方々のレベルの事業体が申告納付主体となります。米国のLLCは、個人、パートナーシップ、LLC、米国法人、外国法人など、ほとんどの事業体が資本拠出メンバーとなれるため、当該拠出者レベルでの税務申告義務が適用されます。LLCのメンバーが1人の場合は、LLC自体に申告義務は無く、除外事業体(Disregarded entity)となり、LLCの唯一のメンバー(Single member)が申告納付主体となります。(注:個人、米国法人、外国法人の各箇所をご参照ください)LLCのメンバーが2人以上の場合は、自動的にパートナーシップと同じ扱いになります。(注:パートナーシップの解説箇所をご参照ください)


各メンバーがパートナシップのパートナーとして扱われた場合、所得証明の様式K-1(Form 1065) を受け取り、それを基に申告納付をします。メンバーが日本居住者(米国非居住者)の個人であり、かつ所得が米国事業実質関連所得であれば、支払者は源泉徴収義務があり、パートナーシップの箇所で述べた源泉徴収税率が適用され、同様の納税免除措置もございます。また所得が米国事業実質関連所得でない場合も、パートナーシップと同様の措置となります。


なお、米国のLLCは、パートナーシップと同じく、税務申告上だけ法人としての扱いを受ける選択ができます。その場合には、利益の分配(Distribution)の際にも、米国法人または外国法人(日本法人など)としての扱いを受けるため、配当や利子についての国際間の源泉所得税については、注意を要します。


4.外国法人(Foreign corporation)


日本法人のように、既に日本で設立されたかどうかに係らず、米国外の法人は外国法人となります。当該外国法人が直接米国不動産を取得した場合、当該不動産からの所得については、米国事業実質関連所得(Income effectively connected with a trade or business in the United States)として扱わない源泉所得税課税(注:契約金額などの総所得額に対して源泉徴収税率30%のグロス課税)か、あるいは実質関連所得として扱う米国外国法人税課税(注:各種経費計上後の課税所得に対するネット課税)かのいずれかの選択(内国歳入法882条(d)項規定の選択)となります。


米国事業実質関連所得となった場合には、経費などの控除後の課税所得に対し、一律21%の法人税率で課税されます。米国外国法人所得税申告書(US income tax return of a foreign corporation=Form 1120-F)の申告納付をします。さらに、繰越利益の中から日本居住者である外国株主への利益分配として配当拠出する際には、支店利益税(Branch profit tax=BPT)として、当該配当金額相当分に対し30%の税率で課税されます。ただし、日米租税条約第10 条第10項の規定により5%に軽減されています。また、特定の状況に該当する場合(株式上場法人や個人保有の法人等)は支店利益税の支払いが免除(徴収税率0%)されている場合もございます。その際には、租税条約上の恩典享受の旨、該当申告様式を添付して開示しなければなりません。(注:個別のケースで異なります)


外国法人が株主に配当金を拠出する際には、当該配当には源泉徴収などの義務は無く、その他の米国による課税もありません。しかし、外国法人が株主からのローン等を米国不動産事業のために借り入れた場合には、支払利子に対する源泉所得税の納付は必要になります。その際には日米租税条約の定めにより、10%の源泉徴収税率が適用されます。


さらに、米国事業のために借り入れたローンの支払利子については、内国歳入規則1.882-5に規定されており、米国事業実質関連所得に割り当てられる分のみ課税所得から控除可能とされています。全世界の資産と負債残高から米国事業の割合を算出し、米国事業実質関連所得に該当する分の支払利子額を算定します。計上された全体の支払利子のうち、当該米国事業該当分を差し引いた支払利子額は、超過利子(Excess interest)として原則的には30%の税率で課税されます。ただし、必要な開示申告を行えば、日米租税条約第11条第2項の規定により税率が10%に軽減されます。米国の不動産購入の際に、株主から直接、あるいは株主保証で借り入れた際には、外国法人が計上できる支払利子は限定されるので、注意が必要です。


外国法人が直接米国に投資して不動産を保有し、その後売却益を得たとしても、通常はFIRPTAの 適用はございません。ただし、当該外国法人が米国不動産保有法人(US Real Property Holding Corporation=“USRPHC”)に該当する場合、当該外国法人の株式が処分された際には、FIRPTAの適用が出て参ります。当該外国法人の株式を購入取得した方には、FIRPTAの源泉徴収義務(条件により、0%、10%、15%、の源泉所得税)が課されるということになります。(注:詳細は当セクションの「アメリカ不動産売買取引と米国税制」の箇所をご参照ください)また、外国法人が保有している米国内不動産の権利(Interest)を当該外国法人の株主に分配(Distribute)した場合には、源泉所得税が徴収税率21%で源泉徴収されます。


外国法人は、FIRPTA適用を避けるため、内国歳入法897条(i)項による外国法人の米国法人扱い選択(Election)により、FIRPTA目的のみ米国法人として扱われることが可能となっています。その際には、税務当局である内国歳入庁への各種申請と証明書受領が必要となります。


5.米国法人(U.S. corporation)


日本から出資して米国法人を設立し、不動産を保有させた場合、後述のリート(REIT)を除き、米国内の事業所得として、一律21%の法人税率で課税されます。もちろん、米国法人所得税申告書(US Corporation income tax return = Form 1120)の申告納付をします。この申告納付義務については、賃貸からの所得や不動産売却益についても変わりありません。

例外としては、保有資産の50%以上が米国不動産である米国法人の場合で、当該法人は米国不動産保有法人(US Real Property Holding Corporation=“USRPHC”)として扱われ、当該不動産保有法人の株式を処分した場合には、FIRPTAの源泉徴収義務(条件により、0%、15%、10%の源泉所得税)が課されます。ただし、株式市場上場株式の保有割合が5%以下である場合には除外するという日米租税条約上の規定があります。該当する場合は条約の条項について詳細検討が必要です。(注:詳細は当セクションの「アメリカ不動産売買取引と米国税制」の箇所をご参照ください)


米国法人の株主が日本居住者(米国非居住者)の場合には、法人の利益分配としての配当は、日米租税条約第10条の規定に則り、米国法人側に源泉所得税の源泉徴収義務があります。2019年に批准された新条約上は、持分割合50%以上の親子会社間の場合には免税(源泉徴収税率0%)、持分割合10%以上50%未満の親子会社間の場合には5%、またポートフォリオ配当については10%の源泉徴収税率が各々適用されます。


また、米国法人が日本の出資者から借入をした場合の支払利子については、日米租税条約第11条の規定に則り、10%の源泉徴収税率が適用されます。関係者間でローンを組むケースが多いため、米国法人が日本の出資者に対して利子を支払う際には、源泉徴収義務と申告納付義務があるため、留意点としては重要です。


ただし、外国法人が課税される支店利益税(BPT)は、米国法人の場合課税されません。外国法人税のBPTの代替課税として、源泉所得税があると考えられます。一般的には、米国法人の方が米国税制上の課税措置は緩やかと考えられます。(注:個別案件により異なるため、各々検討が必要です)さらに、法人が 緊密保有法人(Closely-held corporati=CHC)の場合は、個人保有法人(Personal holding companies=PHC)として扱われ、配当拠出後の未分配所得に対して20%が課税されます。


日本から出資される際には、最終的な保有が5人以下の個人による場合には注意が必要です。日本法人やその他の米国法人がストラクチャーの中に入っていたとしても、間接的な保有が5人以下の個人であれば個人保有法人の扱いとなります。(注:PHCの詳細については、当ホームページの「米国事業体、会社の設立」のページの各事業体解説のセクションでご説明差し上げております)


以上のように、日本から出資して米国に法人を設立する際には、上記の利益分配時の源泉徴収義務や保有形態に留意しなければなりませんが、日米の各法人は、居住地で各国の源泉所得のみ課税となるため、二重課税とはなりません。


6.米国不動産投資信託=米国リート(US Real estate investment trust=US REIT)


米国リートは、アメリカの不動産に特化して投資する事業体で、次のタイプがございます。


● 財産型リート(Equity REIT)

● 住宅ローン型リート(Mortgage REIT)

● 複合型リート(Hybrid REIT)


財産型は、不動産を保有して賃貸し、賃貸収入を得たり、売却益から譲渡所得や配当を得たりするタイプです。住宅ローン型は、住宅ローン保有によって利子を受け取ったり、住宅ローン担保債券に投資するタイプです。複合型は、財産型と住宅ローン型を両立させたタイプです。


米国リートは通常は法人ですが、適格条件に合致すれば、所得については非課税となる半面、合致しなければ、法人として課税されます。一般的な法人と比較して最も顕著なリートの相違点は、株主に対する配当が税務上、課税所得計算上で控除できることです。リートの賃貸所得は、諸経費と相殺して事業所得となります。


日系企業や日本人投資家の方が直接米国にリートを設立することはまれですが、リートの株主として株式持分保有をすることは多くなっています。


米国リートの適格条件としては、以下が挙げられます。


● 総資産の75%以上を不動産、現金または米国債に投資する。

● 総所得の75%以上を賃貸所得、住宅ローン利子、及び不動産売却益から得る。

● 毎年、課税所得の90%以上を株主の配当として拠出する。

● 設立後1年以内に100人以上の株主がいる。

● 5人以下の個人によって50%を超える株式が保有されていない。


日本から米国リートに出資した場合、株主として配当を得ることになりますが、通常の配当は、米国事業実質関連所得の扱いを受けず、源泉徴収税率30%の源泉所得税課税となります。米国リートによる不動産売却益などのキャピタル・ゲインについては米国事業実質関連所得の扱いを受け、さらに源泉徴収税率21%の源泉所得税が源泉徴収されます。ただし、通常の配当については、必要な開示申告を行った場合、日米租税条約による源泉徴収税率10%への軽減が可能です。


また、株式市場に公開されている米国リート法人株式を持分割合5%以下で保有している場合で、当該リートが米国内統制(Domestically controlled)法人の場合には処分時の非課税特例があります。(注:米国内統制法人とは、50%以上の株式持分を米国居住者が保有している法人)米国非居住者が保有米国内統制リート株式を処分した場合、通常、米国では非課税となります。一方、外国統制(Foreign controlled)法人(注:外国統制法人は、50%以上の株式持分を米国非居住者が保有している法人)の場合、当該外国統制リート株式の処分益については、米国税務申告要の米国事業実質関連所得となり、米国税務申告が必要になります。


投資の際には、必要な開示申告や所得税務申告を行う必要があります。



米国不動産関連税務について





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アメリカの不動産優遇税制・優遇措置





日本と同様に、アメリカでも、不動産取引を行う上での様々な優遇税制や優遇措置が準備されています。とはいえ、アメリカ特有のメカニズムをご理解いただき、適時上手くご活用いただかないと、投資負担の軽減にはお役立ていただけません。連邦政府や各州政府は企業誘致や投資を優遇政策で促してはいるものの、得てして、申請や給付に協力的とは言い難く、投資家・納税者側から恩典享受実現のために積極的に動くほかありません。


日系企業のご担当者や日本人投資家の皆様におかれましても、米国での申請や申告につきましては、不動産マネージメント会社のご担当者や米国公認会計士など専門家にお任せいただくとされましても、一般的な基礎知識はお持ちになって都度ご対応いただく必要はあるでしょう。


ここでは、アメリカにおける不動産投資に関する代表的な優遇税制や補助金など恩典について、以下の項目につき、日本との相違点も含めて概説させていただきます。


1.長期保有不動産と減価償却(Long-term real property and depreciation)

2.受動的活動損失(Passive activity loss)の損益通算

3.同種交換=内国歳入法1031条(Like kind exchange, IRC 1031)

4.事業投資に対する投資助成金(Grant)・奨励金(Incentive)


なお、ここでご紹介する内容は、あくまでも一般的な概論です。税務判断や適格判断は納税者の皆様の状況により全く異なります。安易に税務上のポジションを取られて後の税務調査で更正となるリスクは高く、個別案件については、最寄りの米国公認会計士にご相談になられてください。当事務所においても、ご依頼・ご相談を承っております。ご連絡ください。





長期保有不動産と減価償却



アメリカでも日本と同様に、不動産の譲渡所得については、個人所得税(Individual income tax return)や法人税(Corporation income tax return)など所得に係る申告書上で開示されて納付されます。米国税務上は、短期・長期の譲渡所得の保有期間について、1年間を目途に設定されていて、1年間を超えるものが長期、1年以下が短期となります。日本の税制における5年間に比べ、非常に短い期間設定となっています。また、個人(Individual)の所得税申告においては長期譲渡の場合に、譲渡所得に応じて0%、10%、20%の各税率が適用され、短期譲渡の個人所得税累進税率の10%から37%の税率適用に比べ、軽減されていると考えられます。


日本の税務上と同様に、譲渡所得の計算上は減価償却累計額を差し引いた簿価で譲渡損益の計算となります。個人所得税の場合、譲渡益の減価償却累計額分については、内国歳入法1250条の適用により個別の税率(25%)が適用される(1250 recapture)ので注意が必要です。


なお、米国税務上の法定耐用年数が規定されており、決められた年数と償却方法で減価償却することが義務付けられています。居住用建物は27.5年、事業用建物は39年です。





受動的活動損失の損益通算



不動産の賃貸事業を行った場合に、減価償却費や他の経費計上により、損失が出る場合がございます。当該損失は、条件に合致すれば、他の所得と合算して課税所得を減らし、課税額軽減が出来る場合がございます。(注:個々のケースによって異なります)


米国の不動産を賃貸目的で使用した場合、通常、納税者が当該賃貸事業に実質的に参加(Materially participate)したとしても、税務上は受動的活動(Passive activity)として扱われます。ただし、不動産エージェントなどの不動産専門家が実質的に参加した場合を除きます。


受動的活動で得た所得は受動的所得(Passive income)と呼ばれ、その対極として、能動的活動で得た所得は、能動的所得(Active income)と呼ばれています。事業について能動的と考えられるのは、納税者が実質的に参加した(Materially participated)場合で、以下のいずれかに該当する場合です。


● 納税者が年間500時間以上事業活動を行った。

● 当該事業活動に対して、大部分の仕事をした。

● 納税者が年間100時間を超える仕事をして、その他の者がそれ以上の仕事をしなかった。


賃貸事業から損失が生じた場合で、当該損失が受動的活動から得られたケースでは、当該損失は受動的活動損失(Passive activity loss)と呼ばれます。通常、受動的活動損失は、受動的活動所得のみとしか相殺できず、通常所得とは損益通算できません。しかし、個人の賃貸事業の場合、能動的参加(Active participation)をすることによって、$25,000までの損失について通常所得と損益通算ができるとされています。(注:個別のケースにより異なります。特に、能動的参加に対する該当可能性については、個々に検討されなければなりません)通常、能動的参加(Active participation)は、実質的参加(Material participation)よりも緩やかな制約になり、一般的な賃貸事業においては、次の項目に合致する経営決断(Management decision)をこなしていることが必要になります。


● 賃借人の承認

● 賃貸借契約条項の決定

● 資産計上や修理の支出についての承認

● その他の経営に関する決定


なお、損益通算は、修正総課税所得(Modified adjusted gross income)が$150,000以上になると(注:夫婦合算申告の場合)、$25,000の相殺可能額は逓減効果によりすべて消失します。





同種交換(内国歳入法1031条)



事業用の投資不動産を売却する際には、取得価格よりも価値が高まり、譲渡益がキャピタル・ゲイン(Capital gain)として出るときがあります。この譲渡益について、内国歳入法1031条の規定は、同種の財産(Like-kind property)と交換する場合で、かつ価値が売却不動産と同等かそれ以上である場合に限り、繰延べできるとしています。つまり、売却事業用不動産の譲渡益を使って、別の同じ種類の事業用不動産を新規取得購入すれば、譲渡益について課税されないということになります。


日本でも、圧縮記帳という形式で一部の資産の買い替えや交換等により取得した際の固定資産圧縮損が計上されますが、それと似た税法上の取扱いです。(注:税法の細部は、全く異なります)


同種交換における譲渡益の繰延を適用するためには、次の要件が必要になります。


● 新たに交換取得される不動産価値は、放棄される既存不動産価値よりも大きい。

● 放棄される既存不動産の所有権が移転されてから45日以内に新たな取得物件を認識。

● 放棄される既存不動産の所有権が移転されて後180日以内に新たな取得物件の契約が終了。

● 交換される不動産は同種である。

● 取引される物件は、事業用の投資物件。

● 取引で受け取られた現金や資産で同種と考えられないモノは、課税。

● 取引の資金は、取引終了まで仲介者(Intermediary)によって保持される。


条件の中の「同種である」は、あくまでも「事業のための投資」という性格が同じであるという意味で、資産タイプや等級(Grade)または質(Quality)は考慮に入れていただく必要はありません。また、ある程度の物件の数量や資産の金額差異も許容されます。(注:税法細則については後述します)


例えば、次のような交換は該当するでしょう。


● 一戸の賃貸スキー宿を三戸の賃貸アパートに交換

● 空地や農地を開発済の土地と交換

● ショッピングセンターを土地に交換 

● 未開発土地を産業用建物と交換

● ホテルを事務所建物に交換

● 事務所建物をショッピングセンターに交換

● 分譲マンション(Condominium)を倉庫に交換

● 農地をアパートメント建物と交換 


ただし、他の資産(株式、証券やパートナーシップ権利)などは、そもそも同種交換の資産に該当しません。また2018年からの新税制においては、償却資産(Personal property)は該当しなくなり、不動産(Real property)のみとなりました。例えば、機械(Machinery)、器具(Equipment)、車輛(Vehicles)、芸術品(Artwork)、収集品(Collectibles)、特許(Patents)、その他無形資産(Other intellectual property)などは同種交換の財産として該当しません。


また、外国の不動産と米国内の不動産も同種ではありません。さらに、不動産も販売目的のもの(Primarily for sale)は該当せず、あくまでも事業目的(For trade or business)でないといけません。元々事業の用に供している倉庫や事務所、賃貸事業などで家賃を受け取っているアパートメントなどが事業目的に該当します。居住用として使っている家も、事業用ではないため、通常は該当しません。


交換する数量については、上の例にもあります通り、3つまでが無難な線と考えられています。内国歳入規則§ 1.1031(k)-19(c)(4)の規定では、3つまでであれば、資産価値の大小は考慮しなくて良いとされています。("3 property rule") 例えば、1つの不動産を3つに、3つを2つに、3つを1つになどのように、新旧3つまでであれば、投資額の制限がありません。加えて原則的には、内国歳入規則の規定では数の制限も無いため、3つ以上でも良いのですが、3つ以上となる場合には、資産価値が2倍を超えない範囲に抑えるようにとの制限があります。("200-percent rule")さらに、交換不動産が3つを超え、価値も2倍を超えてしまう場合には、45日以内に認識した新規取得物件あるいは既存物件のうち95%を最終的に取得しなけれがならないとされています。("95% rule")これに到っては、最初から物件をほぼ決定している必要があり、当事者側では非常に難しい早急な判断を迫られることになります。


以下には、同種交換となる取引の例について、繰延される譲渡益と新たに購入される不動産の税務上取得価額がどのように計算されるかについて示しております。





上記の計算のうち、繰延される利益については、実現利益と認識利益の差異ということになり、新たに購入される不動産の税務上基礎額(税務上取得簿価計上額)は、当該繰延利益部分が購入価格より差し引かれるという考えになります。


また、交換した新旧物件の純粋価値を計算する際には、借入金の残存価額が重要になり、新規物件のために組んだローン額が多額に過ぎると、同種交換の優遇税制を適用できなくなるので注意を要します。


同種交換の取引については、タイミングの問題もあり、次の4種類の取引形態になります。


1.同時交換(Simultaneous exchange)

2.遅延型交換(Delayed exchange)

3.反転型交換(Reverse exchange)

4.建築・改築交換(Construction or improvement exchange)


上記の項目1は、放棄される既存不動産と新規取得される不動産の取引が同日に行われる形態です。エスクロー会社への入金がずれてしまうと非課税措置が受けられなくなるため、取引を円滑に進める仲介人(Intermediary)や便宜を図る当事者(Accommodating party)の存在が欠かせません。


上記項目2は最も一般的な交換手法で、放棄する不動産を先に売却し、後に新規購入物件を取得します。この手法では、交換者(Exchanger)自身が放棄する既存不動産の販売宣伝活動を行い、買主を見つけ、売買合意書(Sales & purchase agreement=SPA)を主導する必要がございます。もちろん、経験豊かな不動産エージェントやエスクロー会社に代行依頼をされることになります。合意書締結後、新規物件を取得するまで(180日以内)に、交換者は仲介人となる第三者を採用して放棄する既存不動産の売却を進め、当該売却で得た代金を拘束力のある信託(Trust)に預けます。なお、交換者は合意締結後45日以内に新規購入物件を特定する必要がございます。


上記項目3は、先に新規物件を購入し、その後に放棄物件を売却する交換手法です。タイミング的に、魅力的な新規物件を先に購入するケースは意外に多く、その場合に採用する手法です。金融機関が安易に融資を承認しないため、資金的に余裕がある(現金がある)企業や投資家が採用する手法であると言えなくもありません。遅延型交換と異なる点は、どの不動産を売却するかについて、新規物件の売買合意書締結後45日以内に決定しなければならないことと、当該45日経過後135日以内(注:合計180日以内という意味です)に放棄既存物件の売買契約を終了する必要があることです。遅延型とは、認識物件と後発物件が逆になるので、制限日数は逼迫するため、交渉等の時間については余裕がなくなります。


上記項目4の交換手法では、放棄した既存建物売却で得た資金を新規取得物件の建築・改築を施すために費やし、資産価値を高めることができます。古い物件を新たに購入し、リノベーションを施して、新たに貸し出す場合には最適の手法です。条件は他の交換手法と同等ですが、売買合意書締結から180日以内に工事代金(少なくとも頭金)が支払われる必要があると同時に、仲介人から所有権証書を受け取る前には改築が完了している必要がございます。


上記のとおり、エスクロー会社、不動産エージェント、仲介人、弁護士、公認会計士などとの緊密な連携が欠かせない取引となるため、各局面について信頼できる専門家の選定が欠かせません。


同種交換の税務申告は、個人所得税や法人税などの申告書に、同種交換のための様式(Like-kind exchange=Form 8824)を添付する形式になります。





米国不動産投資の補助金・助成金



アメリカの連邦政府(国)、各州・各郡・各市政府(地方自治体)は、奨励策(Incentive plan)を提供して企業や投資家による研究・開発や事業誘致などを促したり援助したりしています。
提供される奨励策は概ね次のような形式を伴っています。


● 助成金・補助金(Grants & Subsidy)

● 税額控除(Tax credits)

● 税免除(Tax exemption)

● 低利融資(Low interest loan)


助成金や補助金は、一般的には現金給付の形式で交付されます。ただし、付与・供与については、企業・投資家が提供奨励策に合致する計画を各政府に提示し、事前承認された場合に限定されます。不動産関連であれば、開発計画や地域に対する貢献など、説得のための資料作成や担当官との交渉が必要になります。また企業・投資家側では、最終的には政府による助成承認通知書を受領することになり、政府に登録された事業計画として承認番号等も付与されます。
税額控除や税免除は、法人税(Corporation tax)、雇用税(Payroll tax)、売上税(Sales tax)、固定・償却資産税(Real & personal property tax)などの税金を一定期間非課税にしたり、低い税率を設定して軽減するなど減免措置が施されます。不動産事業の場合には、土地の開発や建物新築に伴う建築費軽減や賃貸事業運営の経費削減のために、計画に応じて申請できます。助成金・補助金と同様に、事前承認が必要な場合と申告書上での開示で受けられる場合など、各控除・減免により様々です。5年から10年間など長期に渡って減免される場合には、年次報告書の提出などが必要なケースもあります。また企業・投資家側では、最終的には政府による税減免に関する承認通知書を受領する場合もあり、当該通知書を各税務申告書に添付して減免の疎明資料とする場合もあります。

低利の融資は、政府が提供するもので、小規模企業(Small business)の起業支援から、大規模な開発計画まで様々な形式の融資が提供されます。
不動産関連事業で恩典を享受するためには、次のような要件を検討します。


● 投資額(Investment volume)

● 地域振興(Regional development)

● 新規従業員雇用(New hire)


一定額を超える投資額は、ほとんどの奨励策に設定されています。事業計画にもよりますが、基準投資額を超えれば大きな補助金付与や節税を得られ、かえって事業経費の削減につながるケースも多いため、慎重な検討が必要です。
各政府・地域は、都市産業ゾーン(Urban enterprise z EZ)や経済特区(Special economic z SEZ)を指定して、企業や投資家が特定の地域で開発案件を持つよう誘致しています。EZの指定されている地域は、産業空洞化や過疎化などの理由から人口流入を促すと共に、経済活性化を目指しています。従いまして、多くの場合、指定地域内での開発案件等には、多くの恩典や奨励策が設定されています。特に寂れているわけでもない都市近郊地域になることも多く、事業進出や開発計画の際には、各自治体における確認が必要です。

不動産物件の開発に伴い、建物管理や運営のために人員を新規雇用する場合、新規雇用数によっては、奨励策が講じられています。反面、新規雇用数下限を設定した奨励策も多く、計画案件の検討材料としては重要な要素となっています。

連邦政府が提供している助成金に関する情報(GRANTS.GOV)は、目指す立地や事業領域について設定すれば、容易に検索できる便利なサイトになっています。また、各州の公式ホームページには必ずと言って良いほど、奨励策などの案内情報が載っています。事業進出や開発案件検討の際には、事前に確認しておかなければなりません。



米国不動産関連税務について





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